鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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Marchand d'orvietan, 「マルスの猿」Singesde Mars, 「四季図」によって知られハルピュイ,妖精,人魚,ドラゴン,猿,犬,山羊,雉,孔雀,イルカ,カタツムリなど)が配される。とくに極めて人間の体型に近い猿は特権的に自由に動き回り,文様の規則性や均衡を破る道化的な役割を果たす。ベランのグロテスクを継承しながら,18世紀の軽快な装飾モチーフヘと橋渡ししたオードラン3世ClaudIII Audranのアラベスクでは,もはやハルピュイや人魚といった古代的な怪獣は影をひそめる。さらに,獣類は均衡を保つ結節点としての役割ではなく,ことさらに均衡を破ることを目的として用いられ,猿や道化,特に曲芸師のアクロバットのモチーフに顕著であるように,空間化された文様のなかをコミカルに飛び交う〔図3〕。軽快な運動感の重要な要素として,文様の規則から抜け出して動き回る役割を,猿,道化,曲芸師が担うことは興味深い。それらは人間の形態を持ちながら非人間的な動きを表現することが可能で,なおかつ獣類とも文様とも人間とも置換できる特異な存在として位置付けられる。一方,曲線の装飾文様が画面の全面を網のように覆うオードランのアラベスク装飾に対して,1708年頃オードランのもとで制作したヴァトーのアラベスク装飾(版画によってのみ知られる)では,ロココのパネル装飾に見られるように,中央の空間が拡張してアラベスク文様を周囲の枠に押しやり,中心に大きく主題的な情景を描く手法の進展がみられる。ヴァトーはアラベスクの中心的情景に,主にコメディア・デラルテや田園の恋人たちの情景を描き,その周囲をゆるやかな規則に従って,モチーフ(烏や仮面など)とアラベスク文様(自然主義的な植物)で取り囲む。オードランから継承したと考えられる擬人化されたサルの情景(サンジュリー)は,「インチキ薬売り」ている。また,ヴァトーはミュット城(chateaude la MeuteあるいはlaMuette) の王のキャビネットのシノワズリー装飾に参加したと考えられ,同城のための下絵に基づく『中国と鞘靭の人々』Diversesfigures chinoises et tartaresが,ブーシェ,ジョラ,オーベールらによって版画化されている。これ自体は約30点の中国人および鞘靭人の老若男女のスタイルブックであり,城の装飾のなかでどのように使われたかは分かっていない。ヴァトーによるシノワズリーのアラベスク装飾は「中国の皇帝」Empereur chinois〔図4〕「中国の神」Divinitechinoiseの2点が知られるのみである。そこではヴァトーの中央空間の拡大したアラベスクのなかで,東洋の神秘が情景化されている。-446-

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