鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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⑦ リチャード・シフによる今日のセザンヌ研究について_ロジャー・フライによるフォーマリズムとの関連から―研究者:静岡県立美術館学芸員大屋美那はじめにロジャー・フライは1900年頃より美術批評家として活躍し,フォーマリズム批評の形成において先駆的な役割を果たした。そのフライによる批評のなかでももっとも先鋭的なものの一つに,1929年に出版された『セザンヌ,その発展に関する研究』がある。これはその後のセザンヌ批評に決定的な一つの指針を与えただけでなく,近代の美術批評の流れにおいても注目すべきものとなった。今日,19世紀全般にわたる広範な知識と新しい視点によるセザンヌ研究で知られるリチャード・シフは,『描出,記述,筆跡—ロジャー・フライとポール・セザンヌ一』で次のように書いている。「われわれの文化は長くそこから生みだされたものの位置付けに困惑してきた。そのものが再現もしくは表出する能力の限界,その社会的価値と利用,制作者のインデックスとしての意味,芸術作品としての固有性という問題に直面してきたのである。それに対して古代以来,われわれは芸術論や詩,修辞学を継承してきているが,その中にはロジャー・フライが行ったような意味で批評と呼べるものはない。作品や作家に対する個性的なそしてしばしばためらいがちな評価をともなう美術批評の実践は,主として近代の一現象なのである。」(注1)シフはこの文章のなかで歴史上,芸術作品をめぐって考えられてきたいくつかの問題,すなわち芸術における「再現」「表出」の範囲,「社会的価値と利用」,「インデックス」の意味,「固有性」の存在意義という観点をあげながらフライを近代美術批評の開拓者と認めている。『セザンヌと印象主義の終焉』をはじめとするシフによる長年のセザンヌ研究にとって,フライのフォーマリズム批評はつねに重要な位置を占めてきた。さらにいうとシフによるセザンヌおよび19• 20世紀美術史に関する批評は,記号論,ポスト構造主義という今日の新しい美術批評の動向の中にあってフライのフォーマリズムとの結びつきを見せるという点において,今日の美術方法論に一つの視点を提示するものであると考える。今回はシフのコンテクストからフライのセザンヌ批評を捉え直し,今後のセザンヌ研究の方向性を問うと同時に,美術史方法論としてのフォーマリズム批評の-449-

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