注を強調することは,つねにオリジナリティ,自発性(spontaneity),自己表出という観念的な問題にいきあたる」(注5)という。ここであげられた「オリジナリティ,自発性,自己表出」という問題は,作家のアイデンティティーを重視する近代美術史においては基本となる用語である。そしてこのようなシフの言葉は,近代美術史においてはインデックスの役割が図像学的解釈に比較して優位にあるという彼自身の考えに裏付けられているのである。作品の上に存在するタッチという事実を物質性(physicality)と捉え,それを手がかりに作家自身の観念的な問題に結びつけるシフの方法は,フライがセザンヌの作品を構図,色彩,ものの形そしてタッチなどの形式(forms)をもとに分析し,彼が「リアリティ」と呼ぶ観念的な問題に行き着く道筋に呼応していると考えられる。「外見のヴェールの下に隠されたリアリティ,引き出して目に見えるものにしなければならないこのリアリティに対する必死の探求に彼(セザンヌ)はひたすら没頭した。そして正しくこのリアリティの探求こそが,形体に関する彼の全発言に,極めて大きぃ,殆ど予言的な意義を付与しているのである。」(注6)このように述べてセザンヌ芸術の中心に「リアリティの探求」を置いたフライは,結局のところこの「リアリティ」の本質を明らかに提示することができなかったとして『セザンヌ,その発展の研究』を結んでいるが,フライが示した考え方にシフは近代美術批評の萌芽を見いだし,評価している。その上でシフは画面に見られる物質的な特徴につねに帰着しながら,広範な歴史的知識と記号論の考え方を組み入れ,セザンヌ研究に新たな方向性を示したといえる。今回の調査ではシフの論点に従いながら,フライに先駆されるフォーマリズムと記号論,ポスト構造主義をとりいれた方法論の現状理解に努めた。実際,美術史の方法論が混迷の時代にあるといわれる今日,これらの方法論の変遷の理解を,自らの研究対象の分析とあわせ進めていくことの重要性を強く感じている。(1) Richard Shiff, "Painting, Writing, Handwriting/ Roger Fry and Paul Cezanne", inRogerFry, ~. TheUniver--451-
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