ェヴァの顔には鼻梁から鼻下を通る線ではっきりと二分されて淡<黄色みがかった茶色と白が塗られている。エヴァの胸元や脇を見てもしかり。しかも,絵具が非常に濃い。とりわけ,焦茶色と白が濃い。隠ぺい力の強い,濃い絵具を用いて賦彩を施すということは,下塗りあるいは塗り重ねによる色合いというものを前提としてはいないことを意味する。マザッチォにとっての絵画理念というものは,重ね塗りによって生み出される微妙な色合いを重視するチェンニーニとはあきらかに対立し,同時にアルベルティの指南とも矛盾する。一方,マゾリーノの『原罪』のアダムとエヴァを見ると,アダムの頭髪は,マザッチォのアダムと同じような黄色の下塗りの上から焦茶色の薄めの絵具を使って細くしなやかで繊細な線で描き起こされている。顔は,全体にまず肌色を塗ってから,右の頬や口の端などに薄紅を差したり,茶色の絵具で,極々微細で繊細な線で眉を描き起こし,この眉の色はそのまま瞼や眼もとの影につながってゆく。両目は黒っぽい焦茶色でうわ瞼の線と眼の輪郭を描き,同時に下の瞼の線を薄い茶色の微細な線で描き,それから白眼の白と瞳の茶色を差し(これは,うわ瞼の黒や下瞼の茶色へ白や茶色が重なっていることから分かる),そして最後に瞳に黒を差す。鼻筋から口元の陰影は部分の形に沿って,細かな焦茶色の点線で施されている。鼻筋の右側につけられた白の照りは,絵具が薄いこともあって,下地の肌色が完全に塗りつぶされることはない。こめかみから顎にいたる髭にしても,色の薄い茶色の絵具と繊細な筆使いで,丁寧に方向を揃えて流れるように描き起こされている。マゾリーノの描法は,全体の仕上がりを丁寧にしてゆくため,細部にゆきわたる線の繊細さと微妙な色のニュアンスから醸し出される非常に落ちついた雰囲気を生み出すが,逆に離れて観察した場合,色彩のコントラストが抑えられているため,そうした筆線や色彩の微妙な部分はつぶれてしまい,立体感と全体の迫力が抑制されてしまう。しかし,こうした仕上がりはチェンニーニの理念と軌をーにするものといえる。一方,マザッチォ,マゾリーノ両者ともに,陰影を施すのに黒色顔料を直に用いたり,黒の混色で色を暗くはしない。この点に於てアルベルティの『絵画論』中の指南とは合致しない。加えて,完全な裸体を描くことを否定するアルベルティにとっては,『楽園追放』にせよ,『原罪』にせよ,「ヒストリア」を描く際のモラルに反している。-56-
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