2.ブランカッチ礼拝堂上段壁画上段の壁画中の人物頭部の描法を事細かに観察してゆくと,細部の描き方(賦彩の方法や色の選択,そして筆運びの性格など)にはいくつかのパターンがあり,それの組み合わせで様々な顔の形が作られているのが分かる。ペテロの頭部にみられる特徴からみてゆくと,大まかに分けて2つ。頭髪を白と茶で描いているものと,白と青灰色で描いているもの。白と茶で頭髪の描かれているものは『説教をする聖ペテロ』(以下『説教』と表記)中のペテロ,『タビタの蘇生と跛者の治癒』に見られる2人のペテロ,そして『貢ぎの銭』中画面向かって右端のペテロの計4人。白と青灰色で描かれているものは,『洗礼を施す聖ペテロ』(以下『洗礼』と表記)中のペテロと『貢ぎの銭』中央と左端に描かれているペテロの,計3人(ちなみに,礼拝堂下段の場面で,マザッチォの描いた場面に登場する3場面4人のペテロの頭髪はすべて白と青灰色で描かれている)。頭髪の描き方の筆線の特徴を分けてみると,緩やかで滑らかにウェーヴをなす線の丁寧な繰り返しで描かれているもの,『説教』,『タビタの蘇生と跛者の治癒』の2人のペテロ。短めの弧線をリズミカルに重ねて描き起こしながら,下地のぼかしや塗りつぶしを効果的に用いて頭髪を表現しているもの,『洗礼』のペテロと『貢ぎの銭』中の3人のペテロ,計4人。髭の描き方を見ても同様で,白と茶で細かな弧線の繰り返しを基本としているもの,白と青灰色とぼかしの効果を用いながら糸みみずの這うがごとき線で無造作に描き起こされているもの,それぞれ頭髪の描き方でみた前者後者に対応している。但し,ここで一箇所注目すべき部分がある。それは『貢ぎの銭』右に描かれているペテロで,マザッチォの描いたペテロの中で唯一,頭髪,髭ともに茶色と白で描かれている。これまで見たように,この箇所以外ではマザッチォは白と青灰色でペテロの頭髪や髭を描いている。『洗礼』場面のペテロを見ると,比較的色目の暗い肌色でまずは塗られており,そこに薄い茶色で額のはし,鼻や首筋の陰がつけられている。そしてその上から,黒で描き起こされた上下の瞼をも塗りつぶれるのも厭わず,頭髪を描く際に用いられた青灰色で目元と眼窓を塗りつぶし,眼を取り巻くようにこめかみから頬骨へ,また目元から小鼻の上を回って頬のくぼみへと至るように色が塗られている。ペテロの横顔の輪郭線も同じ色で引かれているのが観察される。こうした陰の付け方一目元を取り囲むように,眉のあたりから目元を回り,下瞼の下を回って目尻へしっかりと暗色を描き-57 -
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