3.ブランカッチ礼拝堂下段壁画，『テオフィルス王子の蘇生と法座の聖ペテロ』込んでゆくようなやり方ーはマザッチォの描く重要人物の頭部にある程度共通してみられる。また，人物の顔の輪郭線も若干観察できる。しかし，その輪郭線はチェンニーニがいっていたようなシノピアによる輪郭線ではないし，その線も顔の色の塗り方が丁寧ではないため，所々色のはみ出しによって切断されている。その一方，マゾリーノの描いた人物頭部は，薄い絵具を用いた丁寧な色の塗り重ね方と繊細なハッチングの線による陰影付けとともに，細い線の重ね描きによる，「輪郭線」とは言えないまでも，輪郭線をぼかしながらしかしはっきりとした縁取りをしている。同じ『洗礼』の場面に描かれている赤い衣を脱いでいる若者の頭部を見てみよう。顔はまず肌色で全体が塗られており，左の頬は茶色で陰がつけられている。黒の絵具で眉，上瞼と瞳が無造作に描き起こされ，鼻孔と口の中が黒く塗りつぶされている。絵具の重なり具合から，おそらく上下の唇の紅は口が黒く塗りつぶされる前に塗られたものと推定される。そうした後で白の絵具が，額，鼻梁，鼻の下，顎先にぼかされることなく，また丁寧という言葉からは縁遠い筆さばきで賦され，最後に頬の所に丸く紅を差している。頭髪も黒みがかった茶色の絵具の線で表されているが，その画面すぐ左に描かれている人物の頭髪などは，もはや細い線ではなく，短太線で表されている。頭髪の原型など全く姿をとどめない。画面右端に描かれている寒さに震える裸体の人物とそのすぐ隣に描かれている人物の頭部を見ると，顔の輪郭線と頭髪を背景に塗られているのと同じ緑色で描かれ，先ほどの人物の頭部と同じ手順で顔は作られている。しかも，頭髪まで同じ色で描かれている。額に塗られた白い絵具は線を大幅にはみ出し，眼の周りはすっかりその緑色で埋められている。さらに興味深いのは，左の首筋から肩に引かれた輪郭線はこの緑色なのだが，右首筋から肩に引かれた輪郭線は赤みがかった茶色で引かれている。まず2人のペテロを見ると，上段で描かれているペテロの描き方とははっきりと異なってくる。頭髪を見ると肌色の下塗りの上から青灰色をぼかすようにしてかぶせて，そして白色絵具で描き起こす。といっても，上段でみたような弧線の繰り返しによる描き起こしではなく，部分的には残しているものの，あえて線を潰しながら色を塗り，顎の所は白色絵具の斑点を重ねて髭を形作っている。テオフィルスを蘇らせるペテロでは，鼻孔，耳孔はもはや描き起こされずにぼかされ，眉は一度恐らくは黒っぽい青-58 -
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