(1) 『聖ペテロの説教』に関しては,人物の描き方にのみ限って言えば,ブランカッチ(2) 『タビタの蘇生と跛者の治癒』については人物の描き方としては,『説教』の場面(3) 『洗礼を施す聖ペテロ』では,上記2作品とは根本的に異なった原理に基づいて描礼拝堂内に現存する作品のうちでは最もマザッチォの影響を受けてはいない,マゾリーノの典型的とも言える描法を見せている。確かに,この場面のペテロの頭部はマザッチォの作品にみられるような強い陰影付けがなされており,その顔の造作にも厳しさをたたえている。が,この画面は,マザッチォの癖のある描法,賦彩法に影響を受けた結果としてではなく,マザッチォの技がみせるその造形性との類似を求めながら,マゾリーノが自分に身についた技の枠内で実践したと見る方がより適切であるように思われる。で用いられているような,薄い絵具のぼかし重ね塗りと繊細な線による描き起こしに加え,2場面のペテロ,ヨハネの描き方には幾分か濃いめの白もしくはかなり白を加えて明る<した肌色絵具を照りとして大胆に塗り重ねたり,影をつけるのに用いる茶の絵具もかなり濃いものになっている。ここでは,『説教』中の人物にはみられないマザッチォの行う手法に近い賦彩の方法が用いられている。ここでは,描法すなわち技そのものに関してマゾリーノがマザッチォの影響を受けた結果と見ることが出来よう。かれている。濃い絵具による特徴的な太い筆線(頭髪や髭)と照り付けや陰影付けがみられる。輪郭線は通常最終的な仕上げとしては用いられてはいない。絵具が濃いため,上から次々と色を重ねてゆくことで,きわめて強いコントラストを生み出す。しかし,その影の部分は決して黒の絵具あるいは黒を混ぜた絵具ではなく,青みがかった灰色を肌色の上に重ね,白の照りとぶつけることによって描かれている。この場面には,マゾリーノの作品以外の上段,下段の壁画のすべてに通してみられる描法が含まれている。先のマゾリーノによる『説教』と較べると,その違いは歴然とする。『説教』と『洗礼』とはその描法・賦彩法の点で,『原罪』と『楽園追放』との間にみられる違いと同じように,はっきりとしたお互いの影響関係は観察されない。したがって,マゾリーノが『説教』の場面を制作する以前にはまだマゾリーノが影響を受けるほどの作品をマザッチォが制作してはいなかったと解釈をすることが可能になる。一方では,この2つの場面の構図は非常によく似ている。構図の類似と描法上の差異を鑑みれば,これら2場面の制作時に主導的役割を果たしてい-60-
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