(4) 『貢ぎの銭」にはペテロは全部で3人描かれている。右端のペテロの頭部は,唯一たのはマゾリーノであり,下絵はマゾリーノによって準備されたということも考えられる。頭髪を白と茶色の絵具で描き起こされ(これはマゾリーノの色使い),顔の部分は下地に緑の絵具を賦しておいてから描き起こされているのが観察される。尤もこの部分は比較的傷みが著しく他の所よりも判別するのが困難である。影を施すにしても,ここでは茶色の絵具を用いており,白の絵具による照り付けは控えめに用いられ,全体的に彙されている。全体的にマゾリーノ的描法に則っているような気配がある。一方,中央のペテロは『洗礼』と同じように頭髪,髭は白と青みがかった灰色で描かれているが,しかし『洗礼』よりも輩しを効果的に用いており,顔の陰影には茶色の絵具を用いて肌の色と調和するようにした。『洗礼』とマゾリーノの『説教』とを混合したような色使いと賦彩の方法となっている。描法の連続性を考えるとき,『洗礼』から下段の壁画作品への道筋としては,この『貢ぎの銭』の中央のペテロを間に挟まぎるを得ない。キリストの頭部についてみてみると,髭の描き方,眼の描き起こし方,鼻筋,額などの丁寧に彙してゆく照りの付け方,そして茶色の線による輪郭線の描き起こし等は『説教』,『タビタの蘇生と跛者の治癒』,そして『原罪』のアダムやエヴァの部分にみられる。が,マザッチォの壁画中他のいづれを見てもこのキリストにみられるような細部の描法は観察されない。全てがマゾリーノの描法カテゴリーに属するのである。やはり,マゾリーノの技と結論せざるを得ない。そこでこれらをまとめてみると,現存する壁画のみを考えた場合,描法の連続性を想定することが出来る。まず『楽園追放』と『原罪』がそれぞれ制作され,その後マザッチォは『洗礼』場面の制作に移る。マゾリーノが『説教』場面を制作している脇でマザッチォは『貢ぎの銭』向かって右端の場面を制作し,その後左側の画面へとすすむ。一方マゾリーノは『タビタの蘇生と跛者の治癒』の制作にとりかかるか,人物像の制作にとりかかる前に,『貢ぎの銭』のキリストの頭部を描き込む。それからマゾリーノは,マザッチォの描法の効果を思いながら『タビタの蘇生』の場面の人物を制作し,完成後,1425年7月にハンガリーヘと旅立った。以上のような仮説は修復チームが導いた結論,すなわち上段壁画は正面の場面から礼拝堂入口ヘと向かって制作されたという結論とは必ずしも一致するものではない。しかし,彼らが前提としたバロック式のタベルナーコロの陰に隠されていた窓枠隅切-61-
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