—ールとして唯一つの作品が知られている。それは,「シンドバッドの冒険」の第5航海⑧ 「アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)」の挿絵史-―イスラム・ミニアチュールから近代西欧のブック・イラストレーションヘ研究者:目白学園女子短期大学非常勤講師小林一枝アラビア文学の最高傑作とも称される『アラビアン・ナイト』,正式名称『アリフ・ライラ・ワ・ライラ=千夜一夜物語』は,今日,世界各国語に訳され,老若男女を問わず誰もがこの名称,すなわち「アラビアン・ナイト」の名の下に幾つかの不思議な小話を思い起こすことができる。ところが,現在,我々が目にすることのできる「アラビアン・ナイト」の翻訳書の挿絵は,そのどれ一つをとってみても欧米人画家の作品であることが分かる。アラビア語原典からの直訳と銘打った翻訳でさえ(例えば,東洋文庫の「アラビアン・ナイト」なども)十九世紀以降に制作された英語版などの挿絵を転載している。また,1987年から88年にかけてパリの郵便博物館及びメッセージ美術館で開催された「千夜一夜物語と冒険諄〜その美術」展においては,「千夜一夜勃語」の挿絵は専らE.デュラックとレオン・カレの作品が大半を占め,それにガラン版その他のフランス語版・英語版の挿絵が展示され,これにアラビアン・ナイトの国の美術作品として「千夜一夜物語」を描いたものではないアラブやペルシアのミニアチュール,また陶器,金属器,楽器などが公開されていた。イスラム美術の絵画集,また研究書にもアリフ・ライラのミニアチュールとして掲載されているものはない。これほど有名な「アラビアン・ナイト=千夜一夜物語」の写本に本国の画家が描いた挿絵つまりミニアチュールは本当に存在しないのであろうか。イスラム美術研究者の間には,近代の作品を除けば,「千夜一夜物語」のミニアチュに見られる「シンドバッドと海の老人」を描いたもので,この全頁大挿絵は現在イギリス・オックスフォードのボードリアン図書館に保存されているオリエント133番写本の中の1枚となっている。この写本挿絵の全容は非公開であったため,研究者は本研究助成金を得て現地に赴き,直接この写本を閲覧,調査してきた。その成果を,本報告書第2章以降に掲げたいと思う。序-63-
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