鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
73/475

10世紀前半にバグダードで活躍した歴史家・詩人であるアル・マスウーディは,彼のこの作品は三段階を経て現代に伝わる形となった。まず物語の起源は,インド起源の説話を多く含んだペルシアの古いお伽話集「ハザル・アフサナー(千物語)」にあるという。この作品自体は原本も失われ,今となってはその内容も全く伝わっていないのであるが,他の書物に記載されている内容から判断すると,「ハザル・アフサナー(千物語)」は,少なくとも6世紀にはササン朝ペルシアにおいて成立し,アッバース朝初期の9世紀頃に中世ペルシア語=パフラヴィー語からアラビア語に翻訳された(9世紀後半に書かれた最古の写本断簡数葉を,シカゴ大学東洋研究所が所蔵)。ところで,著作「黄金の牧場」の中で,この時代に世に伝わる多くの伝説などを記した後,説話文学のことに及んで,この書物について触れている(資料5参照)。たアラビア語版「千物語(アレフ・フラーファ=物語)」は,当時のアラビア人たちの間で「アリフ・ライラ・ワ・ライラ」と呼ばれ親しまれ,10世紀初頃から12世紀の間にバグダードで数種の挿話がさらに追加された。この時期の挿話に,十字軍で有名なアラブの名君主ハールーン・アッラシードの逸話などが含まれる。さらに第3段階として,11世紀以降エジプトで,特に13世紀から14世紀にかけてカイロで相当数の小話が追加され,16世紀の初め頃までには遅くとも現在の形に整えられたということである。19世紀の初め,この作品はアラビア起源で,また唯一人の作者によるものだという説も真しやかにささやかれたが,現在ではこのようにペルシア起源の説話集だったものが,複数の作者によって挿話が追加され,口承文学の形で伝わり,約一千年の時を経て完成されたと考えられている。「アラビアン・ナイト」は,「カリーラとディムナ」のような多くのアラビア文学作品同様,枠物語の構造を持ち,およそ180ほどの大きな物語,それらの幾つかに付随する約120の小話から成り,これら多数の説話をシャハラザードという賢い妃が,千と一夜の間に,夜な夜なシャハリヤール王と自分の妹ドゥンヤーザードに話して聞かせるという構成になっている。2.ボードリアン図書館Or.133番写本挿絵この膨大で荒唐無稽な奇書は,前述したように,今もって多くの人々に愛され続けているわけであるが,妖精や魔人たちが闊歩し,見目麗しい王子や王女の登場する小第2段階において,このペルシア起源の「ハザル・アフサナー(千物語)」を下にし-65 -

元のページ  ../index.html#73

このブックを見る