鹿島美術研究 年報第11号別冊(1994)
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1975)。本稿では,後者の立場は取らない。なぜなら,特異な作例と判断することで,-78-II.ギリシア葬礼慣習における「ヘディステの墓碑」の位置る伝統)における「ヘディステの墓碑」の占める位置の考察。III.「ヘディステの墓碑」の図像(産褥の床における死)とギリシア神話における女性像(アルケスティス,アリアドネ)との関連の考察。N.公的空間に配された死体の表現の問題(当時の社会の価値観を反映したものと考える立場から)。尚,本稿は紙面の都合上要点のみをまとめ,註としては,引用文献を指示するにとどめた。I.「ヘディステの墓碑」の空間構成「ヘディステの墓碑」は,幾層にもわたる奥行きをもつ独特の空間を表現する。これは,舞台空間の構成と非常に近いもので,前景,中景,後景が明確に区分される。画面中の仕切り壁によって前景と中景が分けられ,開かれた扉のモチーフによって中景と後景が区切られると同時に連結される。この層状の空間構成は西洋絵画史においてはその後ローマの壁画上に踏襲される。「ヘディステの墓碑」のこの複合的な空間表現を説明するにあたって,従来の解釈は以下の2点に大きく分けられる。1)この彩色墓碑は,ほぼ同時代の大壁画(現在では消失)の模倣であり,現在ではその影響を紀元前1世紀のポンペイ壁画に認めることができる(Gigante1980)。2)この彩色墓碑の洗練された空間の奥行き表現は,同時代の絵画伝統とは全く隔絶しており,偶発的に地方画家によって大胆に制作された,特異な例である(Swindler1929 ; Robertson さらなる空間分析を中断する可能性が認められるからである。本稿では,「ヘディステの墓碑」が同時代の舞台空間を何らかの度合いで反映していると推測する。舞台空間,特に舞台の背景画は同時代または前時代の壁画芸術からの影響を受けている可能性は大きく,その意味では本稿の立場はギガンテの説と通ずる点があるが,本稿では,舞台背景画の果たした役割が大きいと考える。「ヘディステの墓碑」のモチーフとして,死後直後のヘディステの描写を「プロテシス」(仏教における「通夜」と類似した儀式)の場面と解釈する考え方がある。果たしてこの図はプロテシスを表現しているのか?古代ギリシアの葬礼伝統において,プロテシスの慣習はホメロスの叙事詩をはじめとして文学ばかりでなく,幾何学様式期さらにアルカイック期の造形作品中にも描写

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