多く,鏡像が密教の教義の中から生まれたことを示している。密教では行者が自身や本尊の胸に白色の円明を観じ,その上に種子や淳像を観想する。この円明は通常月輪と称し月に醤えられることが多いが,注目すべきことは円鏡にもしばしば醤えられていることである。例えば,『大毘慮遮那成仏経疏』巻十九(唐・一行記,大正蔵巻三九一七七0頁)には,次のように月輪と鏡とを同一視する教義が明瞭に説かれている。(前略)導師所住慮。八葉従意生。蓮華板端巌。圃満月輪中。無垢同於鏡。於彼常安住。慎言救世尊。金色具光炎。害毒住三昧。如日難可観。彼一切衆生。如是八葉意生。蓮華極端巌。園月中無垢鏡同。彼住常居奨言救世大徳。金色具光焙三昧住者。謂此華壷従心意生也。即是観於自心八葉蓮華。此花不従餘慮生。即従意生。意即是花。無二無別也。此華壷園明如月。清淫無垢同於園鏡。以世間更無物可以為喩。唯有園鏡可以喩況。(後略)すなわち,導師(仏菩薩の意ここでは大日如来)の住する連華は八葉で意(心)より生ずるが,心の中の月輪の清浄無垢なことは人間界では讐えようもなく,唯一鏡を以て讐えることができると説かれている。このような月輪と円鏡とを等しいものとする教義を実際の円鏡に当て嵌めることによって,鏡像が誕生したと推定することが可能であろう。そして,月輪に尊像が観想された姿を絵画化したものは,金剛界曼荼羅や多くの別尊曼荼羅において白い円相内に描かれた諄像であるが,円鏡を月輪に見立て,尊像を描いたものが鏡像であったと言えよう。したがって,鏡像と懸仏は密教の行者が月輪内に観想した尊像の姿を造形化したものであることが伺えるが,同様に金色堂巻柱の菩薩像も鏡に見立てられた白銅製の月輪内に描かれたことにより,密教における観想像であることがわかる。鏡像と懸仏は一個の月輪に尊像が観想されたところを表現したものであるが,数面の鏡像懸仏を配列し曼荼羅を構成した作品も僅かながら見ることができる。例えば,金銅両界曼荼羅(重文,鎌倉時代,京都・醍醐寺所蔵)や木造愛染明王坐像厨子(重文,南北朝時代,文化庁保管)の天蓋を飾る仏眼仏母の種子曼荼羅〔図4〕は,月輪に見立てた大小の金属円板に種子を表わし,それを配置して曼荼羅としている。したがって,金色堂巻柱の場合も鏡像風の菩薩像を四十八体表現したことによって,何らかの密教の曼荼羅を構成していると推測することもできる。次に金色堂と同時代の柱絵における尊像形式と主題との関係を参考にしながら,金色堂巻柱の主題について考察を進めることにしよう。-89-
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