鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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2)。いま一つは,正貪院・東大寺面の中では天平勝宝4年4月9日の銘を持つ,大仏開眼会に用いられた一群の桐製面が出来栄えがもっともよく,制作年代もはっきりしているという点である。罠裔についてこの伎楽面の中で邪鬼の造形として注目されるものが嘉裔と称される面である。この面を用いて演じられる楽の内容は,天福元年(1233)成立の狛近真『教訓抄』によれば「鹿裔が呉女に懸想し力士に打ち据えられる」という内容の諧諒味を帯びた楽であったらしい。同書の成立時が伎楽の盛行した奈良時代からかなり時を隔てているので,当然伝える内容に関しても当初の姿から変化をしていると思われるが,おそらく基本的な構成は変わらないであろう。この楽の内容から誰しもが思い浮べるのが,天部像に踏みしだかれる邪鬼ではあるまいか。名称の決定に異論を残す伎楽面の中でも,窟裔は各研究者ともこれを用いて演じられる楽の内容から獣形の面ということで一致し,箆裔面の確定にはさして異論がない。さて,鹿裔面は宝物中に1面,正倉院に7面,東大寺に5面の計13面が現存する。これらすべてを寛裔面とすることは上記の楽の内容から判断して,牙を剥き,あるいは獣耳を持ち威相を示す鬼形・獣形の面は箆裔しかありえず異論はない。それでは各面の形状を鬼としての特徴を中心にみてみよう。[献納宝物214号・図1]現存する伎楽面の中でももっとも古いと考えられる17面の樟製面の一つで,桐製面に比べて大きく重い樟製面のなかでもひときわ大きく,重さは1500グラムを越える。眉間にしわをよせ眼を大きく見開き念怒の表情をうかべ,大きく張り出した頬,顎,エラは量感にあふれ力強い。頭部に毛を貼り付けた跡がのこる。小鼻が横に広がったいわゆる獅子鼻,上部が尖った豚を思わせるかのような耳,開いた口許の上下からのぞく4本の牙が鬼としての性格をあらわす。[正倉院木彫88号・図2]天平勝宝4年4月9日の大仏開眼供養に用いられた面で,正倉院の鹿裔面の中ではもっとも優れた作風を示すものである。桐材に漆地を施している。献納宝物面に比べ_127-

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