177号参照)を対象に考察を進める。元信系統の酒飯論絵巻における各異本間の相違そして,テキストにない情景を描く際の元信の視点が形成されるにあたって,どのような先行作品の経験が想定できるのかという点について考えてみたい。なお,酒飯論絵巻には数多くの異本の存在が知られるが,そのなかで元信系統の原本と考えられるN家A本(拙稿「酒飯論絵巻考ー原本の確定とその位置付けー」『美学」は,様式上のそれを除けば数力所の写し崩れにとどまる。また,詞書に関しては,基本的には字句の表記の異同の範囲であるが,なかで江戸時代後半の模写と考えられる王舎城美術賓物館所蔵の一本は,後述するような全体の構成は共通するものの,原本の詞書各段の最後に記される和歌により認められる法華宗・念仏宗・天台宗の三宗派の主張という宗教的な内容は完全に払拭されており,特異な存在である。しかし,本稿の論旨には直接かかわりがないので,ここではその問題には触れず,詞書の異同とその宗教性についての考察は稿を改めたいと思う。なお,光元系統の酒飯論絵巻は,私見では,元信系統の成立後に構成されたと考えるため,ここでは検討の対象から除外した。1.酒飯論絵巻の構造一詞書と絵の関係一まずはじめに,酒飯論絵巻の詞書と絵との関係を見てゆきたい。酒飯論絵巻の絵は詞書の叙述内容の直接的な絵画化ではない。詞書の酒好きとご飯好き,そして両者ほどほどに好む三人の持論の開陳という形式は,わが国における先行作例は知られていない。しかし,詞書の原型となったのはおそらく中国で早くに成立していた『酒茶論』といわれる酒好きとお茶好きの論争であったと考えられる。問答形式で展開される『酒茶論』に対して酒飯論絵巻の場合は,絵巻化しやすいように各人の主張は一段にまとめられており,結果として議論という生々しい印象は薄れているが,それでも酒や飯に関する古今の故事を披泄して持論を述べる形式は基本的に共通する。当然のことではあるが『酒茶論』が中国における故事に終始しているのに対して,酒飯論絵巻の場合は和漢の故事をあわせ語っている点から,酒飯論絵巻の詞がわが国で制作されたことは明らかであるが,古典文学からの出典をはじめとして,ある程度以上の教養ある人物の関与は当然想定される。いずれにしても酒飯論絵巻は,『酒茶論』の強い影署のもとに成立した絵巻と考えてよいだろう。詞書は,第一段の三人の人物紹介といったかたちのイントロに続いて,第二段は酒-163-
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