る。ている。これは,1470年頃のパノラマに描かれた受難伝などで,すでに画家が用いた方法でもある。さて,左の洗礼者ヨハネ伝は,彼の背後の二つの柱頭レリーフに彫り込まれた<ザカリアヘのお告げ〉<ヨハネの誕生と命名〉に始まる。物語は,いくつかの逸話を経て中央画面背景左端のくヨハネの捕縛〉から左翼に展開していく。そして,左翼遠景から前景に向かって,くキリストの洗礼〉<ヘロデ王の宮殿〉と続き,前景のくヨハネの斬首〉とその首をのせる盆をもったサロメの姿でクライマックスに達するのである。そしてここから再び中央画面へ戻り,<ヨハネの骨の焼却〉で終結している。洗礼者ヨハネ伝は一巡して閉じた世界を作り上げているといえる。これに対して,右側の福音書記者ヨハネに関しては,右翼においてパトモス島でヨハネが見た黙示録的ヴィジョンの表現が中心を占めているため,中央画面背景には,右翼につながる<パトモス島への旅立ち〉など,断片的な逸話が挿入されているに過ぎない。しかも幅音書記者背後の柱頭に刻まれたくドゥルシアネの蘇生〉やく毒杯をあおるヨハネ〉や,<油桶のヨハネ〉など,死に打ち勝つヨハネの力の表現が中心となる。物語は一巡して完結しているのではなく,諸悪を越えて現前してくる神の国のヴイジョンヘと開かれているのである。こうした場の中に,ヨハネにあやかろうとするかのように,聖ヨハネ病院の現実に関するモチーフが点在する。同病院はブルッヘ市から認可された輸入ワインの計量業務を主な収入源としていたため,当時同市にあった木製の計量用クレーンが描かれ,右端の柱の陰には,同病院の修道士も姿を見せる。左翼ではパトモス島で黙示録を書くヨハネの姿が前景に大きく描かれる。その背後では,海を渡っていく黙示録の四人の騎士たちの姿が,背景に繰り広げられる様々な出来事へと観者の視線を誘導していく。天空では,右翼の神の位置に対応しながら,黙示録の女と七頭の悪竜との闘いが繰り広げられ,こうした死闘を背にして,二重の虹状の円で囲まれた神の国のヴィジョンが浮かび上がる。洗礼者の背後から左翼に広がる世界が,ヘロデ王治世下の過去を,終結する形で表しているのに対し,福音書記者背後の世界は死を越えた未来のヴィジョンヘと開かれている。その二つの世界の間に,聖母子を囲む至福の場が位置づけられているのであかつてこの種の病院の祭壇画に描かれていたのが,く最後の審判〉を中心とする主題であったことと比べるならば,違いは明白である。黙示録の記述をそのまま形象化し-173-
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