また,カタリーナのスカートに見られる豪華な錦織模様とほぼ同じパターンは,聖母背後の垂帳に見られるばかりでなく,左翼の宴会の間の垂帳,右翼の神の玉座の足元にも見られ,それらの関係に注目を集めようとする。まず,ヘロデ大王の子,ヘロデ・アンティパスの宮殿では,そのアーチの上に,二人の裸体の女性像にはさまれた裸体の男性像が,異教の神のように刻み込まれている。妻がありながら,兄弟ピリッポスの妻ヘロディアスをめとった彼の不義の関係を象徴しているのである。洗礼者の首を所望するようヘロディアスがサロメをそそのかしたのは,まさに彼がこの不義を非難したためであった。洗礼者の身振りは「見よ,この人が神の小羊である」という言葉と合わせてキリストを指すものとされるが,ここではあたかも幼児その人ではなく,指輪を授与する幼児の指先に向けられているように思われる。指輪が象徴する霊的な神秘の結婚を,肉的な不義の結婚に対比させて指し示しているのである。また,聖母は教会のシンボルとして,キリストの花嫁を最もよく代表する者であるか,神秘の結婚によって,マリアと同じくカタリーナも天上の神の国における女王の座が約束される。ヘロディアスの宮殿とカタリーナやマリア,および神の座か,錦織の類似した装飾パターンによって関連づけられるのも,肉的な結婚ではなく,神秘の結婚を通して天上での栄光が約束されることが示されるためであろう。一見安定した左右対称的な画面も,色彩や形を通して画家が散りばめた巧みな視線誘導によって,意味の対位法とでも言うべきダイナミズムをはらんでいることがわかる。こうした中,指輪による神秘の結婚のモチーフは,カタリーナの単なるアトリビュートとして以上の重要な役割を担っているのである。この点を含めて,いくつかの先行例と比較してみよう。1440年から1460年の間に制作されたと思われる,「フレマールの画家」の追随者の手になる<楽園で聖人たちに囲まれた聖母子〉[図4]は,地面に座したり詭いたりする二人の聖女と,立っている二人の男性に囲まれた聖母子という点で類似している。ここでも二人の聖女は,頻繁に組み合わせられていたカタリーナとバルバラである。一般にカタリーナはキリスト者の「瞑想」を,バルバラは「活動」を表すとされ,ここでも動的な姿勢を示すのはバルバラ,静かに読書をしているのはカタリーナである。カタリーナは伝統的な性格にとどまっているのである。メムリンクの作品では,カタリーナにより積極的な姿勢をとらせているため,両者の関係が逆転してる。また一般に,北方の画面において天の楽園で聖母にしたがう聖人は,高貴な生まれの聖女がほ-175-
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