鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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4.その後の神秘の花嫁たちップ善良公のために作られたジャン・ミーローのヴァージョンだということである。カタリーナ伝説が具体的な性格を帯びながらフランドルの宮廷人の間に広まっていたことをうかがわせる興味深い事実である。しかしながら,現存する作品から判断する限り,指輪の授与による神秘の結婚が,メムリンクのものほど焦点化されることはなかったように思われる。ヘントのヒューホー・ファン・デル・フースがく聖女たちに囲まれた聖母子〉の一つの伝統をフランドルで生み出していたと推定されるが,その関連作品[図6]から判断する限り,カタリーナの指輪が描かれているにしても,アトリビュートによってその個性が示されるその他の聖女たちと共に,甘美な天の宮廷の雰囲気を生み出す,ケルン派的なものであったと考えられる。メムリンクのく聖カタリーナの神秘の結婚〉は,同時代の画家たちを大いに刺激したらし〈,十五世紀の第4四半期にプルッヘで活躍した「聖ウルスラの伝説の画家」にカタリーナ(ただし指輪の授与ではない),バルバラ,洗礼者の関係をほぼ同じくする作品が見られる。この流れはさらに,ヘラルト・ダフィットにおいてより華麗に展開されることになる。また,メムリンク自身,二人のヨハネが除かれた,カタリーナとバルバラと奏楽天使だけからなる小さな祈躊画[図7]を描いているが,ここでは洗礼者ヨハネの代わりに,同じ位置に寄進者が描き込まれている。さらに,カタリーナやバルバラが寄進/. ヽノヽ図6ヒューホー・ファン・デル・フースの追随者<聖女たちに囲まれた聖母子〉パッキンガム宮殿,ロンドン-178-

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