鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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⑰ 戦後のドイツ美術におけるドイツ・モダニズムの伝統研究者:立命館大学産業杜会学部助教授仲間裕子1985年,ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催された20世紀ドイツ美術展が発端となり,ドイツ本国では同年に戦後初めて総括的な「20世紀ドイツ美術展ー絵画と彫刻1905-1985」が,シュトゥッツガルト現代美術館で実現することとなった。責任者の一人であるノーマン・ローゼンタールは,「ドイツ精神をもっとも代表する戦後の芸術家は,今世紀の残酷な諸行為を意識しながらも,芸術と今なお存続するドイツの文化的伝承のもつ治癒力を,イロニーと敬意をもって支持している」(注1)と記し,「ドイツ的」であることを拒否する時代からようやく「ドイツ的」なものを求める時代を迎えたことを示唆している。ところで,ドイツ・モダニズムヘの視点を示すものとして注目すべきは,1995年にミュンヘンで開催された「1790-1990のドイツ美術におけるロマン主義の精神展」であろう。この大規模な展覧会は,ドイツ・モダニズムの始まりを,ドイツ・ロマン主義に認め,1900年以降の芸術を第二のロマン主義として提示し,ドイツ現代美術の本質をロマン主義にさかのぼって追求する,最近の動向を推し進めている。一方ロンドンのロイヤル・アカデミーのシンポジウムをまとめた『分割された遺産ードイツ・モダニズムの諸問題』(アイリット・ロゴッフ編)はこのような単眼的視点を批判し,従来故意に避けられていたナチ時代や旧東ドイツ美術も考慮することによって,より包括的なアイデンティティーの模索が試みられている。しかし,本論では様々なドイツ・モダニズムの系譜のなかから,とくにドイツ・ロマン主義やダダにおけるイロニーの視座に注目したい。というのも,この視座こそ,戦後ドイツ美術解明の不可欠な糸口と思われるからである。ロマン的イロニーについてD.C.ミュッケはイロニーの概念について「音楽や美術が,文学とは異なってイロニーに不向きなのは,それが響き,色,線の性質に関わり,感覚に直接応じ,むしろ注意を促す“外観”に強く訴えるからである……音楽や美術においてイロニーがともかく可能であるとすれば,それがある一定の方法で“言語”を表すことにある」(注2)と指摘し,ドイツ・ロマン主義のカスパー・ダーヴィド・フリードリヒをイロニーの-183-

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