鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
196/588

Maler)[図2]はあきらかに墓碑をイメージし,ナチスの建築を想定した無人の新古《緑のしみ》に,インフレや高い失業率に悩む第一次世界大戦後の杜会の現実が込められている。一方,シュヴィッタースがハノーファーの自宅に組み立てたメルツバウに,逆説的な意味合いの「エロティックな不幸のカテドラル」という名が与えられていることに注目したい。包括的なシュヴィッタース論を著したヴェルナー・シュマーレンバッハは,シュヴィッタースが詩人でもあることに鑑み,メルツという名称そのものが,ヘルツ(心)と韻を踏んでいるとして,メルツ芸術のロマン的要素を指摘する。とくにメルツバウを作者の「精神の写像」と見なしている(注4)。メルツバウはきわめてダダ的な呪物のオブジェからなるが,一方でこのバウを構成する洞窟には「ニーベルンゲンの財宝の洞窟」,「ゲーテの洞窟」,「キフホイザーの洞窟」など,神話やドイツ精神の支柱的な作家,あるいは神聖な(神聖ローマ帝国のフリードリヒ一世が眠ると信じられ,19世紀ロマン主義の時代には,統一国家への夢と重ねられた)山岳の名称が与えられることによって,作者のロマン主義的憧憬を物語っている。絵画,建築,演劇,詩のメルツ=総合芸術をめぎしたシュヴィッタースのこの芸術,異化やロマン的イロニーという,一見異質なイロニーの独得な融合を示している。この点においてシュヴィッタースの作品に,戦後ドイツ美術の淵源を求めることができるだろう。ではイロニーの美学は,戦後のドイツ美術において,いかに継承されたのだろうか。ここでは,今日のドイツ美術を代表するアンゼルム・キーファーとゲルハルト・リヒターの作品を考察する。アンゼルム・キーファーのイロニーキーファーは70年代から80年代の作品に,ドイツの失われたアイデンティティーを求めるため,19世紀のモティーフー海,大地,森,屋根裏部屋を使用し,ドイツ精神を再び取り上げる。しかし,ナチスの過去を忘却するのではなく,直接対決しようとする一貫した姿勢も忘れてはならない。《無名の画家に》(原題Dem Unbekannten 典様式の建築の中央に黒いパレットが,細い棒状の支えによって据えられている。亡霊化したナチスの建物と黒のパレットの組み合わせは,キーファー自身の言葉を借りれば「観者に冷水をあびさせる」。-186-

元のページ  ../index.html#196

このブックを見る