鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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確かに,これら新様式の料紙装飾の魅力は,斬新な版下絵を描いた画家に多くを負う。しかし,浮世絵のように,版下絵を刷師が忠実に再現するのならいざしらず,完成した個々の巻子は,いくつもの版木の複雑な組み合わせで構成されており,全く同じ構成のものは一点として存在しない。してみれば,版下絵師の関与は,版木ができ上がった時点で終了したと考えるべきで,実際の作品の画面構成をし,作品を完成させているのは,版木の発注者であり所有者である刷り手であると考えるべきではないだろうか。本小論では,新様式の木版下絵巻子本の料紙装飾の成り立ちを,従来の光悦,宗達という,下絵中心の視点ではなく,紙師宗二からの刷りの視点で把握することを試みるものである。まず,第一,二章で紙師宗二のなした仕事の範囲を,残された作品に即して検証する。第三章では,木版巻子本に見られる,版画史上類例のない,版木の活用法と有機的な画面展開の成立の過程を探る。小論の末尾に紙師宗二がその名を残す作品群および関連作品を列挙する(以下「作品リスト」と称する。)以後,「紙師宗二」印ある作品に言及する際は,「作品リスト」の略号による。(一)絵師宗二が使用した版木「紙師宗二」の印のある作品のなかでも,木版刷りの作品は,「作品リスト」に上げたとおり十六巻の木版巻子本が知られている。これらには,二つの点で従米の木版下絵巻子本料紙装飾にはない,すぐれた特徴が見られる。第一に,版木の特殊な活用法が見られる。すなわち,版木の図様を一部省略して刷ること四一つの版木を反復して刷ること以上の四点である。そもそも版木とは,同一の図様を複数制作するために使われるものであるが,― 一部を独立させて使用すること― 複数の版木を組み合わせて刷ること---hし-222-

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