ではあえて版木のままに刷りだすことなく,上記のような工夫が凝らされている。このような版木活用法をすれば,通常より手間がかかるが,少ない版木で多様な図様を作りだしうる,という大きな利点がある。第二の特徴は,モティーフの巧みな配置によって,画面が有機的に連続性をもって展開することである。花丼や花鳥が,変化とリズムをもって現われては消え,現われては消える画面は,絵巻物を繰り広げるのと同様の効果をもたらすほどである。第三章で,こうしたすぐれた特徴,ことに第二点目の画面の有機的な展開がどのようにもたらされたかを調べることになるが,その前に,これらの作品の制作に紙師宗二がどのように関わったかを確認しておこう。「紙師宗二」印は主に木版金銀泥刷あるいは雲母刷の巻子に残されている。四装飾のない素地の巻子にも「紙師宗二」印が見られる(注3)。以上の点から,紙師宗二は金銀泥や雲母を使用しての料紙下絵と紙背の装飾,装灌を総合的に担当したと考えられる。当時の職業として知られた「唐紙師」と「経師」を兼ねていたことが,「紙師」という名乗りの示すところであったと思われる。宗二が「唐紙師」を兼ねていたとするならば,工房内に自らの版木を相当量所有し,そのなかから制作する対象に応じて版木を選択し,料紙あるいは襖紙を制作していたと考えられる。ちなみに,現在京都にただ一軒残る寛永年間(一六二四〜一六四四)創業の唐紙屋「唐長」には,江戸期のものだけで約二百五十枚,全体で約六百枚もの版木が伝えられているということである(注4)。版木は唐紙屋の財産であるので,それらが他のエ房と簡単に貸し借りされることは考えられない。このことから,「紙師宗二」印のある木版料紙巻子本を調べれば,宗二の工房にどの版木が所蔵されていたかを知ることができる。その版木が特定できれば,「紙師宗二」帥のない木版料紙でも,宗ニエ房のものであるのかどうかが判断しうる。実際に,宗ニエ房の版木を調べる前に,押さえておかねばならないことがある。一巻の巻子の料紙が,すべて一軒の唐紙屋が作ったものとは限らないということである。取に刷りのほどこされた料紙を繋いで,一巻に仕立てられているものの場合,複数の唐紙屋から料紙を買い求め,経師に装灌をさせることも可能だからである。「紙師宗二」印のある木版巻子本は,十六巻の内二巻,<版1〉く版5〉か,既に刷ら― 「紙師宗二」印が,金銀泥や雲母といった特別な顔料で捺印されている。― 紙背の模様の版木と表に使用されている版木に同一のものがある(注2)。-223-
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