多種多様な光悦謡本の雲母刷を担当したのは宗ニエ房だったのであろうか。もちろん,片面にすでに雲母刷(光悦謡本と同版のもの)がほどこされた料紙を宗二が別工房から購入して,改めて表面に木版下絵をほどこしたとも考えられる。しかし,自エ房内に雲母刷を制作しうる施設を持つ人間が,他の工房の雲母刷料紙を購入することは考えにくい。ただし,ここでは結論を急がず,次章で光悦謡本に使用された版木について検討してみよう。(二)宗ニエ房の版木と作品さて,宗二のエ房には最低二十二枚の版木が存在したことが確認しえた。(表の版木十九枚と紙背の版木四枚のうち,「胡蝶(乙)」が重複している。)この二十二種類の版木と同じ版木を一枚の料紙に使った作品があれば,それは「紙師宗二」の印がなくとも,宗ニエ房の作品ということができる。ここで,あらたに宗ニエ房の作品と見倣しうる作品を探してみよう。宗二世房の版木の内,次にあげる版木が,新たに宗ニエ房の作品群を付け加える手掛かりとなる。資料2の版木リスト2を参照していただきたい。項目Aの「芍薬(A)」「忍草」「蔦」の版木は,作品リストのく版19〉〜く版27〉に見られる,寛永三(一六二五)から寛永六(一六二九)の本阿弥光悦の款記を持つ木版巻子本を含む作品群にも使用されている。また,それらの中には,項目Bに挙げているとおり,全く他には見られない新出版木十一点も見られる。それだけでなく,項目Cの嵯峨本の一種であるとされる「光悦謡本」の料紙にも見られる「曲がり梅」「倒れ薄Jなどの版木が確認しえた。第二に「芍薬(A)」「荀薬(B)」の版木から,<版17〉が,やはり宗ニエ房の作品で制作されたことがわかる。このく版17〉は,紙背の紙継ぎ部分に「紙師宗二」印でなく,「誠」印が押されていることが,注目される。実は,同じ「鍼」印が紙背にみられる作品く版18〉が存在するからである。このく版18〉に見られる版木「枝付き桐」「右傾藤枝乙ハ」「薄乙」も,「光悦謡本」に使用されている。また<版15〉の紙背模様の「蜻蛉」も「光悦謡本」の「水に蜻蛉甲」と同版である。以上のように,「光悦謡本」の雲母刷を担当した「唐紙屋」が,紙師宗二の工房であることが明らかになった。-225-
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