では,この「謡本用版木」と「巻子本用版木」の二つのグループは相互にどのような関係を持つのだろうか。その一助となる資料を次に挙げて考察してみたい。すなわち,二つのグループの中間領域に位置する作品である。<版l〉は,「巻子本用版木」の版木である「芍薬(A)」「芍薬(B)」を使いながら,雲母を用いた巻子本である。そして,他の金銀泥巻子本と異なって,ー紙ー紙に刷りを施した後で紙継ぎをしている。それにもかかわらず,図様が羅列的につながるのではなく,他本と同様,画面が有機的に展開している。<版1〉はかつて拙論「木版巻子本料紙装飾における紙師宗二の役割」(『デアルテ』第七号・平成三年)で述べたとおり,他本は「芍薬(B)」の版木に欠損が見られるのに,<版1〉の場合完形であることから,「紙師宗二」印のある巻子本の中でも,知られている範囲では最も初期のものである。そして,これと全く同じ版木と,紙継ぎの方法をもって制作されたもうひとつの芍薬の和歌巻が存在する。それは,「芍薬(A)」と「芍薬(B)」を用いた<版17〉である。ただし,この巻子には「紙師宗二」印はなく,かわりに紙背には黒文の「誠」印が押されている。この<版17〉も「芍薬(B)」の版木に欠損がなく,<版1〉と同時期のもの,すなわち金銀泥刷諸本に先行すると考えられる。宗二の工房に,「絨」印という,内容を証明する紙縫印が「紙師宗二」印のほかにも存在したことは注目に値する。実は,この「鍼」印が押されている巻子がもう一点知られているからである。それがく版18〉の藤,桐,薄の図様を持つ和歌巻である。これらの図様は「右傾藤枝乙」「枝付き桐(甲)」「立薄・倒れ薄乙」という,光悦謡本に登場するものである。このうち「右傾藤枝乙」と「立薄・倒れ薄乙」は同じ一枚の料紙に刷りだされており,「立薄・倒れ薄乙」も宗ニエ房の版木と考えうる(注6)。<版18〉には,省略刷り,反復刷り,複数版の組み合わせといった,第一章に挙げた版木の特殊な活用法が見られる。この点では,<版1〉く版17〉と同様であるが,この巻子の場合,ー紙毎の図様に工夫はあっても,巻全体の画面が有機的なつながりで展関してゆくことはない。その意味で,<版1〉やく版17〉よりも,巻子の表現として未熟であると感じさせる。また<版18〉に見られる版木「右傾藤枝乙」は,巻子本に頻出する「藤」の版木と左右対称の関係にあるということがしばしば指摘されてきた。双方を比較すると,-227-
元のページ ../index.html#237