第三に,これらの教区教会堂に来る信者の大部分が農民であったこと。したがって聖書の内容などだけではなく,農民にとってより親しみ易かった土着の信仰の名残りともいえるシンボルやモティーフが使われた可能性も考えられないだろうか。また洗礼と埋葬ができるのは教区教会堂だけであり,グイド伯たちも城塞の中に私設の礼拝堂を持っていたかもしれないが,洗礼や埋葬のためにはここへやって来なければいけなかったはずである。ゆえに洗礼や葬礼を暗示するような内容も組み込まれている可能性がある。以上のような点を考慮し,スティアのサンタ・マリア・アッスンタ聖堂柱頭彫刻を見ていこう。この聖堂の柱頭彫刻は一つ一つ異なるが,共通する次のような基本パターンを持っている。柱頭の基部に二重,三重の輪が巡らされ,四隅のアカンサスの葉のモティーフが上部で渦巻き模様を作っている。柱頭の基部から生え出したいくつかの葉状の突起のうち四隅の大きなものの上に乗っている小さな円柱が渦巻を支え,その渦巻の内側を通るように円冠装飾が施されている。二つの渦巻間の中心は少し窪み,アバクス花飾りのような植物モティーフあるいは動物や人間の頭部のモティーフが施されている[図1]。図1スティア,サンタ・マリア・アッスンタ聖堂右第一円柱柱頭アヌリ-335-
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