⑩ 東大寺天平仏の研究~金剛神像を中心として一一研究者:早稲田大学大学院文学研究科博士課程川瀬由照1.はじめに現在東大寺には数多くの天平仏が残っており,特に法華堂には乾漆像が九躯,塑像が五躯現存している。また戒壇堂には塑像の四天王像がある。これらの天平仏はそのすべての像がもとから法華堂や戒壇堂にあったのではなく,その原所在および本来どの像が一具であったのかについては不明な点が多い。現在安置されているものはむしろ客仏であることが多く,戒壇堂の四天王は創立時は金銅仏であったので,現在の四天王像は,あきらかに客仏である。また法華堂の吉祥天・弁財天は吉祥堂から移ってきたものと考えられており,しかも塑像の伝日光・月光菩薩(梵天・帝釈天)や執金剛神も当初から法華堂に安置されていたかは疑問とされている。というのも不空糾索観音をはじめとする乾漆諸像はいずれも3メートルを超える大きさで,一方塑像は材質の違いもさることなから像高が2メートル以下の等身大ほどのもので,像高の比較から乾漆諸像と塑造諸像では一具のものとは認めがたい。むしろ,材質と像高の類似からすると戒壇堂四天王と法華堂執金剛神および伝日光・月光菩薩はもとは一具ではなかったのではなかろうかと推測されている。このように東大寺の天平仏については本来の安置堂宇が不明で,その伝来も明らかでない点が多く,そのため明治以来多くの研究者によって研究がなされてきたが,なかなか定説をみない。現在は行き詰まった状況といえよう。本研究では東大寺の天平仏の研究のうち,とくに多く残っている神将形の像を中心にしてその制作の前後関係を考察し,一試論を提示してみたい。東大寺の神将像に共通するのは,いずれも着甲像で,各像でそれぞれにいくらか変化があるものの,形式的にほぼ類似している。まず執金剛神と戒壇堂四天王,法華堂四天王とを比較したい。なお執金剛神は面部を開口葱怒の形相にするからこれに類似するのは四天王像中の増長天であろう。以下ではこの三像を中心にその表現を概観してみよう(図1• 2 • 3)。2.各神将像の表現比較-432-
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