鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
462/588

⑫ フランス15世紀前半の透明釉七宝工芸研究者:東京大学大学院人文科学研究科博士課程黒岩三恵はじめに透明釉七宝(emailtranslucide)は,13世紀末から15世紀にかけて流行をみた七宝工芸の技法である。これは,打ち出し,線刻等の彫金技術により極く浅い浮き彫りを金属の表面に施し,その上に光の透過性の高い,半透明ないしは透明の七宝釉をかけるものである。用いられる金属は,釉が白濁しない金及び銀で,稀に金鍍金された銅の作例も知られる。この技法の発祥地は,イタリア,トスカーナ地方と考えてほぼ間違いかない。当地方は,現存作例の量と多様性において他を圧倒しているが,ヨーロッパ各地に独自の様式を持つ工芸品が制作されている。フランスでは,イタリアの透明釉七宝の直接の影轡下に発展した南仏地域と,イギリス,フランドル地方,ライン河流域の七宝工芸との関連性が高い北仏地域とが,大まかに言って二大生産地として発展した。この度,鹿島美術財団の研究助成金により調査を実施したのは,フランス国王シャルル五世の治世末期からシャルル六世の治世にわたる,約50年間のパリを中心とする北仏地域で制作された七宝作品である(注1)。未調査の作品のデータの収集,次いで技法,様式,図像の分析と作品の分類を行い,研究の立ち遅れている同地方の七宝エ芸を含む金工品の研究の基礎資料を網羅することが当面の研究課題である。未調査の地域も多く,信頼するに足る結論に至るまでには今後とも基礎資料の調査を続行しなければならない。この報告書は,七宝工芸の研究の中間報告であり,現在まで調査のできた作品について概観するものである。作品伝存の事情,経緯の違いを考慮すれば単純な比較ば慎まなければならないが,他地域に比してこの時代のパリの七宝工芸品は,世俗的な用途の作例が多いのが特徴である。個人が日常の信仰生活に用いた小型の祭壇画(注2)'道具類(注3)'装身具類等,小さな作品が多い。七宝は,これらの作品の大半においては宗教的な主題を表すが(注4)'枠や縁飾りは貴石類と植物文を組み合わせ,当世の繊細な宮廷趣味を(1) 1370年代から1420年までの七宝工芸-452-

元のページ  ../index.html#462

このブックを見る