鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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や衣摺は丹念に浅い浮き彫りを施してあるものの,単純化されたデッサンで目鼻や手,持物,玉座などを表すのを特徴とする。七宝釉の色も限定され,マントに濃青色,その下の衣に緑色,頭髪に黄色,肌に淡紅色,玉座に濃褐色が用いられているほか,光背や玉座の輪郭に黒色が用いられている。聖女の背景には釉がかけられず,金鍍金した地には,碗豆や金雀児に似た植物文が針様の駆を用いて点描されている。額縁には,剖形の上に四弁の花弁の形に金属板を切断し,自然に見えるように湾曲させ,赤色の透明七宝釉で着色した雛菊を鋲で固定し,璧による点描で葉と茎が描き添えられている。額縁の外側の四辺には,葉を切り落とした小枝から,葡萄の葉が伸びて額縁の上に接着されている。葡萄の葉は,中央が膨らみ五つに分かれた先端が内側に丸まった様な,写実的で優美な形に整えられている。葉脈も膨らみをもって表され,鋳型ないしは型押しによって作られたと考えられる。聖遺物容器の裏側には,四隅にパルメット文を彫った金属板が嵌められ,中央の八角形の水晶の板を支え,従来は聖遺物が収められていたと考えられる。額縁裏側の外縁には溝があり,聖遺物を保護する滑り戸式の蓋があったことが推定される。当聖遺物容器の制作年代に関しては,署名,刻印等,作者,年代を示す手掛かりがなく,文献資料にも一致する作品が見いだされないことから,主として様式分析に基づき,1370年代から1380年とする説が提出されている(注7)。制作年の確実な基準作が無いため,上の説の確かな根拠を得ることは難しい。例えば,湾曲した葡萄葉は,好んで他の作品にも用いられている。後に紹介する福音書記者ヨハネの画像のある聖遺物容器やトングルの接吻牌(注8)の他,「黄金の小馬」と通称される聖母子と聖人,寄進者像からなる置物(注9)に代表される丸彫り七宝工芸品は,聖カテリナの聖遺物容器を1380年代から1400年頃に位置づける根拠となろう。七宝で描かれた聖カテリナ像は,独特の単純化された様式であるため,衣摺や顔貌等の比較材料を当世の絵画に求めるのは容易ではない。ただ,前述のように,聖女の髪形は,1390年以降に特に写本挿し絵に登場するもので,1370年代の作例は無いことは参考とすべきかと思う。また,持物を持つ聖カテリナの座像は珍しいが,聖女伝の挿し絵には別の文脈ながら聖女が玉座にある図像が存在することは指摘しておく。なお,上に記述した様々の植物モチーフが優美な装飾として好まれたのも確かであ14世紀末の,髪を真ん中で分け,賢をふくらませた髪形をした聖女は,頭髪,顔面-455-

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