器のものよりは丁寧に,点の粗密によって陰蒻をつけて点描されている。当遺物容器の来歴は比較的詳しく分かっており,晩年の病床にあったルイ十四世の首にかけられ,病気回復の祈願に用いられたこと等が知られている(注11)。残念ながら,18世紀より遡った記録は残されておらず,元々の製作者,注文者,所有者については不明である。上記の聖カテリナの聖遺物容器が1380年から1400年頃の作と推定できるので,この聖ジュヌヴィエーヴの聖遺物容器も同時代と考えて差し支えあるまい。持物の蟻燭と書物をもって立つ聖女の上方には,祈蒻中の聖女の蟻燭を吹き消して邪麿をした悪魔と,その蠍燭に再び火を点して悪魔の企みを妨げた天使とが描かれている。天使の髪は黄色,衣は緑色の七宝釉で,悪魔は全身を灰褐色の七宝釉で彩色されている。聖女は,黄色の真ん中で分けた髪を半ば覆う,足下まで届く長い紫色のマントを被り,丸襟の胴を紐で縛った簡素な青色の長衣を着ている。衣摺の表現は単純化されているが,裾や縁が波状の曲線を描く動きのあるもので,上述の「聖カテリナ」の角ばった細かな衣摺とは趣を異にするが,1370年代以降1400年頃までの写本挿し絵に多く見られる衣摺表現に似る。ただし,一般的な類似以上に特定の様式との関連を見い出すことは難しい。ロンドン,大英博物館所蔵(注12)当世の少なからぬ七宝工芸品と同様,本作品も七宝の施された金属板のみが本来の作品から取り外されて今日に伝えられたものである[図3]。作品が大英博物館に収蔵される迄の来歴は不明で,署名,刻印はない。寸法は,上記二作品より特に縦に大きいが,多くの点で共通する。灰色の七宝釉で彩色され黒で輪郭を強調した天蓋の下に,濃紺色の長いマントを頭から被り,その下に灰色の衣を着た聖母が立つ。聖母は,緑色の衣を着,金髪の巻毛を持つ幼児キリストをマントの一片で足を包むようにして胸に抱えている。床面は,緑色の釉で彩色され,タイルの目地は,黒色釉ではっきり描かれているが,遠近法的な収敏は見せていない。聖母及びキリストの顔は,浅い浮き彫りで肉付けし,少数の線で目,鼻,口が線刻された上に極<淡い紅色の釉をかけている。衣摺の浮き彫りは自然の衣の動きを表現するが,輪郭ははっきりとして単純である。聖母子の背景は,金鍍金された地のままに残され,その上にやはり婉豆か金雀児にC)長方形パネル:聖母子立像-457-
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