鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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褐色を用いるが,葉の色はそれぞれ同じ色が隣り合わないよう淡青色,緑色,オリーヴ・グリーンが用いられている。聖ヨハネの立つ地面は残り四分の三を占め,緑色釉が用いられている。施釉に先立ちこの部分は,全体が鈍い幣で表面を打たれて緩やかな凹凸,言い換えれば地面の起伏が付けられ,更に上述の穂のある草がフリーハンドの線刻で金属面を引っ掻いて表現される。福音書記者ヨハネは,画面の中央を縦に二分するように立ち,顔は右四分の三正面,両足をやや開き,肩から纏ったゆるやかな青色のマントの左端を右腕に掛け,マントと同色の長衣を下に着ている。淡紅色の七宝釉を施した顔と首は極く浅く肉付けしたうえに,やや鈍い陸で眉,目,鼻梁,口を刻む。末広がりに波打つ髪にはより鋭利な駆でもって毛筋が描かれ,黄色釉がかけられている。非常に奇妙であるが,聖ヨハネは右手に持物である三匹の蛇がかま首をもたげているカリスを持ち,左手でもってこれを祝福している。聖人の姿勢,衣摺などに関しては,絵画作品に類似を見い出すことは難しいことではないが,左手による祝福というあり得ない誤りが生じた原因は不明である。また,聖ヨハネの四方を囲む,立方体の植木鉢に植えられたような樹木の表現も特異である。当聖遺物容器は,彫金,施釉の技法において次に述べる金地七宝パネルに近いことから,近い時期に制作されたと見倣してよいであろう。制作地に関しては,聖ヨハネの髪形,顔貌,衣摺,身振りに間接的ながら「プシコー元師の画家」の様式の反映を見い出せるため,パリと推定することが可能と考える(注15)。e)金地パネル:説教する洗礼者ヨハネルーヴル美術館所蔵(注16)当金地パネルは,既に指摘のある通り,技法の上で前記の福音書記者ヨハネのそれと共通点は多い[図5]。例えば,鋭利な輩で紡錘形に描かれた葉,肥痩のある線でしなやかに表現された毛髪,後景を占める細い幹の立ち並ぶ木立,三叉の穂を付けた野草は,双方に共通する要素である。人物の面長な顔,鉤形の鼻,鼻筋に添えられた縦の線,上瞼の被さった切れ長の目,口角の下がった小さな口も類似する。然し,当作品において人物の肉付けや地面の起伏等の凹凸がより巧みに仕上げられていることは,金地の方が銀に比較して彫金加工が容易であることによっても説明されようが,人物の重なり,岩山やその斜面,更に背後の木立に至る空間構成は数段前-460-

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