鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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17)。但し,挿し絵では,聴衆の服装や身振りが七宝作品とはかなり異なっており,ベ作品より勝っている。従って,技法上あるいは様式上,二作品が同一の工房で制作された可能性は高いにしても,本作品の方が技量の高い職人の手になるか,同一人物とするなら,数年後に制作されたと考えられる。灰色と黄褐色の七宝釉で彩色された地面と岩山は,線刻によって縛割れや傾斜が表現されたうえ,その線に沿って箆様の道具で凹みが付けられている。岩山の頂上近くに,織を付けた赤い十字架を持ち,緑色の光背をした仔羊が洗礼者を見下ろしている。乳白色七宝釉の下の仔羊の毛皮は魚子により表される。前景の左側に,黄褐色の獣の皮の衣の上に真紅のマントを巻き付けた聖ヨハネが立つ。彼と向かい合って,五人の男女がしゃがんでその話に耳を傾ける。彼らの服装の色は華やかで,一番ヨハネに近い人物の頭巾が灰色,衣が濃青色,その隣の女は真紅のマントを着,ちょうど中央に首だけのぞかせている髭の男の襟は緑色,その隣の,同様に首だけの男のターバンは真紅,最後の人物は,濃青色の頭巾に緑色の衣を着,黄色のベルトを締めている。人物等の顔には仔羊と同色の半透明の白色釉が用いられている。周囲と後景の樹木は紡錘形の葉を傘の様に広げた形をし,全てに同一の緑色釉がかけられている。ところで,前景左側に真紅のマントを纏った洗礼者,右側に座った聴衆,中景の岩山に神の仔羊を配し,後景に樹木を並べる画面構成は,1429年頃制作の「マルグリット・ドルレアンの時疇書」のfol.166の同主題を描いた挿し絵に非常に良く似る(注図5七宝パネル:「説教をする洗礼者ヨハネ」-461-パリ,ルーヴル美術館寸法:縦6.7横5.3cm

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