注までの間と,既に出されている推定より下った時代とするのが適切だと考える。なお,参照として挙げた写本挿し絵がベリー公ジャンの為に制作されたことと,同公が洗礼者ヨハネを守護聖人としたことは,あるいは当七宝パネルをこの偉大なパトロンに結び付ける可能性を示す。然し,これらは状況証拠でしかなく,比較的豊富なベリー公の財産日録にも,確実に当七宝パネルに比較すべき項目が目下のところ見い出せていない。文献資料のさらなる調査を経て,改めて注文者,所有者,さらには制作地の問題を検討したいと思う。結びに代えて紙幅の関係で,断片を含め,額縁に嵌められた板絵のミニチュアのような聖遺物容器を紹介するに終わった。これらは,透明釉七宝が特に絵画に接近した表現と様式を備えているものである。この外に,13世紀末よりイギリスやフランス,フランドル地方で愛好された,鋳造の小像と七宝を組み合わせた二連式小祭壇画に見られるように,従来の透明釉七宝工芸品の線的な表現法を踏襲する作品群,1400年前後に王侯に愛好される丸彫り七宝工芸と平面上に施釉する透明釉七宝,さらに多様な金工の技術を駆使した両翼付き祭壇画や食卓を飾る器や什器の類等,躯めて多様な作例が現存する。他方,二点を本報告書で挙げたが,メダイヨンや小パネルのような断片作品も数多く,七宝の表現方法や技法について少なからぬ情報が得られるものの,これらの制作年代や制作地を推定するのは困難である。今回紹介したのは五点のみであったが,さらに調査を続行の上,用途,技法,絵画作品との相互関係を中心に総合的に透明釉七宝工芸の理解を深めるよう努めたい。(1) 今回調査を実施したのは,アメリカ合衆国(クリーヴランド美術館,ボストン美術館,メトロボリタン美術館),フランス(ルーヴル美術館,クリュニー美術館)およびイギリス(大英博物館,ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館,ウォーレス・コレクション)である。作品については別表を参照されたい。同,聖カテリナの聖遺物容器(inv.M350-1912),アムステルダム国立美術館所蔵,両翼付小祭壇画(inv.BK1745)等。(2) ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館所蔵,二連牌形の首飾り(inv.214-187 4), -463--
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