鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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注様に龍を丸く意匠化した模様を配する図様である。波濤の表現から考えると,図様本来の縦方向を横方向にして刷り出していることがわかる。これらの三図様は一見して染織作品の意匠を思わせる。雷文蔓牡丹文,菱電文蔓牡丹文は金襴に近い模様が見い出せ,波濤龍丸文も錦織の意匠のようである(注3)。冊子本の表紙には,しばしば染織作品が用いられる。「百番本」の木版雲母刷料紙に連続模様的図様が多く採用されているのは,表紙のみに使用されていることと関係があるのだろう。連続模様的図様の木版雲母刷料紙は染織作品の代用品としての性質も備えていたと思われる。これらの三図様の内,電文蔓牡丹文が「桜山吹図屏風」の色紙の料紙に採用されていることに注目される。「謡本百番本」の題箋と近似する様式を示す色紙下絵を持つ「桜山吹図屏風」は,使用する木版雲母刷料紙においても,共通点が見出せるのである。しかし,「桜山吹図屏風」の色紙の料紙に雷文蔓牡丹文の図様は採用されているが,菱電文蔓牡丹文の図様は採用されていない。この類似する二図様が同時期に制作されたのかどうかは疑問である。一方の劣化にともなって他方が制作されたと考えることもできる。仮に,図様の成立は電文蔓牡丹文がやや早く,版木の劣化にともなって,菱雷文蔓牡丹文が制作されたとすると,「謡本百番本」の木版雲母刷料紙は「桜山吹図屏風」の色紙をやや下る時期に制作されたことになる。「謡本百番本」における雷文蔓牡丹文と菱電文蔓牡丹文の刷りの状態を精査する必要があるだろう。四.おわりにかえて東京芸術大学附属図書館に所蔵される「謡本百番本」に使用された木版雲母刷料紙を調査した結果,藤と蜻蛉流水において,全体の図様が確認できるなど,かなりの成果を上げることができた。連続模様的図様の多用や,刷り出される際に,図様がそれはど整理されていないことは,かなり初期の木版雲母刷料紙であることを示している。「後藤本」よりも制作時期か上がることも考えられる。しかしながら,百帖の内の三十八帖を調査した段階で,早計に判断することは差し控えねばなるまい。あくまで中間報告である。今後の調査を待って,再考を期したい。(1) 拙稿「謡本大原御幸と後藤本の木版雲母刷料紙装飾について」『大和文華』九十号所収平成5年-487-

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