鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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その中で最も注目すべきは,R.P.リヴィエールとJ.F.シュネルブが1905年に発表した「セザンヌのアトリエ」という記事であり,少なくともこの記事では,ドニやベルナールの象徴主義に引き寄せたセザンヌ解釈には収まらないセザンヌ像が現れている。勿論,マラルメはドニやベルナールとも近く,いわゆる象徴主義の詩人の代表格と見なされているが,一方,20世紀の初頭において,象徴主義が様々に多様化していたのも事実で,実際1907年にセザンヌの水彩画展の評を書いたシャルル・カモワンは,「新しい象徴主義」を主張している。マラルメには,魂や美を標榜した古い象徴主義から脱却しようとしていた新しい象徴主義者達にアピールする面があり,それは,非常に冷めた記号の実践としての詩へつながるものであった。しかも,その実践の中で,創作者の主体は,ロマン主義的な「創造主」の絶対的な地位を奪われ,むしろ既成の記号を組み合わせ,その結果を注意深く修理してゆく「エンジニア」的な存在へと変化してゆく。そのような実践の過程で詩は,詩人の予測を超えた「偶然」(言葉同士の自動運動)を常にその内部に牢むことになる("Uncoup de des jamais n'abolira le hasard”)。セザンヌが経験した主体の危機は,まさに,マラルメが経験したこのような変化と相似なのではないだろうか。そして,絵画と主体のエンジニア的な関係が,キュビズムをはじめとする20世紀の芸術の多くを規定したのではないだろうか。また,「創造主」の肩書を剥ぎ取られた主体へのさらなる懐疑が,ダダなどに見られる「偶然」の逆説的な顕揚へと発展してゆくのではなかろうか。セザンヌの読み直しから派生する絵画記号の外部性の問題は,主体の不能性という結果とあいまって,20世紀美術の歴史のこれまで取り上げられなかった部分に光を当てることになると思われる。-497-

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