(I)正面描写と斜側面描写がほとんど混在せず,画面に統一感のあるもの…①斜側1.参詣曼荼羅の分析まず,典型的な参詣曼荼羅のいくつかを取り上げて,表現のどこが素朴と感じられるのかについて考えてみる。従来参詣曼荼羅を製作したエ房が少なくとも三つは存在したと考えられている。中でも那智参詣曼荼羅(闘鶏神社本),施福寺参詣曼荼羅(A本),善峰寺参詣曼荼羅,成相寺参詣曼荼羅などを製作したと考えられている工房は,素朴さという点でもっとも典型的な作風を示しているが,これらの作品をみると,次の四点が作品の持つ素朴で稚拙な印象に関わっているように思われる。第ーは人物や樹木といった個々のモチーフの簡略な描写。第二は単純で明快な賦彩。第三は人物が他に比べて大きく(小さく)描かれるといった各モチーフ間の大小比率の不自然さ。第四は統一的視点の欠如である。以上の四点はいずれも重要な意味を持っており,それぞれ詳しい検討が必要であるが,四点の中でも,最後に挙げた統一的な視点の欠如が参詣曼荼羅の素朴な印象にとりわけ深く関係しているように思われ,また,本研究はいまだ進行途中であるため,今回の報告では,とりあえずこの点に絞って考察を進めることとしたい。中世以前の我が国の絵画に西洋的なパースペクティヴ(透視図法)が用いられていないことは,改めて述べるまでもない。画面の上方(遠景)と下方(近景)でモチーフの大小の比率をあまり変えずに空間を平板に表現する手法は,日本絵画の風景表現においてしばしば目にするところであって,参詣曼荼羅にのみ特徴的というわけではない。ただ,山水屏風や洛中洛外図屏風などオーソドックスな作風を示す作品の場合,透視図法的な空間構成ではないものの,ほとんどの建築物が斜めの一定角度から描写されており,しかも左右どちらから眺められるかが統一されている作例がほとんどである。すなわち,建物の奥行きを示す斜線と水平線のなす角度が一定であり,それが画面に統一感をもたらしている。これは多くの論者によって参詣曼荼羅の源流と考えられている宮曼荼羅についても同様である。しかし先に挙げた参詣曼荼羅の典型例にあっては,正面から描かれる堂宇,左側面から描かれる堂宇,右側面から描かれる堂宇と様々な角度から眺められた建築物が混然と配置されており,この不統ーが稚拙な印象につながっている。ただ,この描写角度の不統一はすべての参詣曼荼羅に当てはまるわけではない。個々の建築物の描写角度と画面全体の構成に着目すると,次のような分類が可能であろう。-43 -
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