鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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平沙落雁雁にはいくつかの伝統的な詩意が籠められています。候鳥としての雁には故郷を遠く離れた旅人のイメージがあります。また,その哀調に満ちた鳴き声は離別の悲しみを一層高めます。春に北を目指して飛び去りますので,雁は暖かい気候の到来を告げます。しかし,中国の詩人にとって雁の南帰が広く知られ,それを秋の悲しみと結びつけています。作詩の習慣上,それは春と秋の表現をはっきりと分けるのに役立ちます。北行する雁は山や紫色の峠を越えて飛び去ります。南帰する江南地方の川や湖に向かって飛んでいます。宋迪の平沙落雁の題画は江南の江湖を目指していますから,季節は秋であることを示しています。詩清あふれる雁は遠方より手紙をはこぶ運び手として詩に詠われています。物語は紀元前100年に敵対する匈奴の地に使者として漢の武帝によって派遣された蘇武の伝記に始まります。匈奴は蘇武に降伏するよう求めましたが,彼は拒み,捕虜となり,彼は死んだと誤り伝えられました。何年かのち,漢の使節が,蘇武がまだ生存している証拠として,皇帝が雁を射落とした雁の足に蘇武が手紙を結びつけてあったといって匈奴をだまし,そのおかげで蘇武は前81年にようやく釈放されました。群から離れた雁には種々の含意がありますが,世の中は孤独で非情な所の意味があります。その意味で,雁は同胞である仲間からはぐれただけでなく,共同体がもたらす杜会や地位にとどまることさえも失ったことになります。澤州(湖南省長沙)で杜甫は,去来する雁,すなわち飛雁と落雁とを織り込んだすばらしい詩,<錨雁二首>を作りましたが,その第一首の<沙辺>と第二首のく落羽>には平沙落雁の構成と詩意に近いものがあります。詩の中で杜甫の都に帰りたい願望は,意のままに帰ることができる雁によってうち挫かれますー一萬里衡陽雁万里衡陽(こうよう)の雁今年又北蹄今年又た北帰す雙雙瞳客上双々と聰客(せんきゃく=我)の上ー一背人飛一々人(我)に背(そ)むいて飛ぶ「人に背いて飛ぶ」の詩句には詩人を侮る意味があります。雁が士人の比喩であることを思うと,苦渋は一層増します。詩人たちが飛んでいる雁を羨むのは,それが秩序ある孝悌関係や宮廷のさまぎまな序列の象徴であったからです。鍵型に並んで飛行す-521-

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