鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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面描写中心のもの一粉河寺参詣曼荼羅(A本,B本),富士参詣曼荼羅(国指定本,矢田原第三農家組合本,静岡県立美術館本),②正面描写中心のもの一石動山参詣曼荼羅,熱田社参詣曼荼羅(徳川美術館本)。に斜側面描写の堂宇を配するなど中心線の意識が明確で,構成に統一感の感じられるもの…千光寺参詣曼荼羅,甚目寺参詣曼荼羅,須磨寺参詣曼荼羅,明要寺参詣曼荼羅,北野社参詣曼荼羅,道脇寺参詣曼荼羅,八坂法観寺参詣曼荼羅。本などの典型例の他に,清水寺参詣曼荼羅(清水寺本,個人蔵本),伊勢参詣曼荼羅(三井文庫本,神宮徴古館本),紀三井寺参詣曼荼羅,善光寺参詣曼荼羅,長命寺参詣曼荼羅,熱田杜参詣曼荼羅(熱田神宮本),高野山参詣曼荼羅(芸大本,花岳寺本,成相寺本),中山寺参詣曼荼羅。国)正面描写と斜側面描写の混在に加え,個々の建築物にも不合理な描写が見受けられるもの…施福寺参詣曼荼羅(B本,C本),富士参詣曼荼羅(県指定本),松尾寺参詣曼荼羅,伊勢参詣曼荼羅(高津古文化館本),日光社参詣曼荼羅,葛井寺参詣曼荼羅。以上の四分類のうち,(I)に分類される参詣曼荼羅には,ほとんど稚拙な印象を受けない作例がある。例えば元信印を持つ重要文化財指定の富士参詣曼荼羅は,参詣曼荼羅の中でも初期的な作例と考えられており,山頂に本地仏が描かれるなど宮曼荼羅とのつながりが濃厚な作例であるが,斜側面描写の建築物で統一された画面には稚拙な印象は薄く,後の典型的な参詣曼荼羅につながる要素は見いだすことが出来ない。これに対し,(II)■(N)が素朴様式を示す作例で,参詣曼荼羅の主要な作品はこのいずれかに属している。これらの作品では,様々な角度から描かれた建築物が混在し,画面に不統一で稚拙な印象をもたらしているが,それがかえって中世後期の参詣風俗の活気や霊場の賑わいの表現に通じており,明快な彩色ともあいまって画面に華やかさをもたらしている。ただこの場合,建築物を正面観に描くか斜側面観に描くかは,必ずしもランダムに決定されているのではないようである。もちろん例外も存在しているが,多くの参詣曼荼羅では,仏堂は正面から,杜殿は斜めから描こうとする傾向を読み取ることができる。那智参詣曼荼羅を例にとると,社殿のほとんどは斜め右下からの描写であるが,(II)正面描写と斜側面描写か混在しているか,画面の中央に正面描写の堂宇,左右(III)正面描写と斜側面描写が混在し,統一感が感じられないもの…前記した施福寺-44-

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