鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
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3.人工物としての建築の例4.美術の人工性を明らかにする手段としての絵画の例版画だけではなく,同時代の木彫にも観察される。末期ゴシック時代の木彫は通常地塗の上から豊かな彩色を施されていた。これに対して16世紀になると,ティルマン・リーメンシュナイダーやファイト・シュトースの作品に見られるように,彩色を施されていない木彫が現われる。これらの作品は,さらに綿密に観察した場合,単に色彩がないばかりではなく,木肌を思わせる褐色の単彩が塗られている。この時代には,例えば人物の肌や髪,衣服といった対象の質感を表わす木彫の技術が最高度に発達したが,「木肌色の」木彫では,こうした対象描写を可能にする木彫技術自体が提示され,強調されているのである。対象描写のみならず,人工物としての特性をあらわに示しているという意味において,これらの木彫は,美術的にデューラーの木版画に等しい意味を持っているのである。美術がその人工物としての特性をあらわにするという傾向は,建築にも見られる。その代表的な例としては,ベルンハルト・リートのプラハ城騎士の間が挙げられる。末期ゴシックの建築では列柱やリヴが植物モティーフを借りて構築される例がよく見られたが,リートはこの建築を緻密な幾何学的プランによって構成した。しかしこの建築が実際に構築された際には,複雑にすぎるプランが造形的な非合理性として現われるのである。ここでは建築の,幾何学的構成の美術としての性格と石造物としての性格が,その矛盾のなかで明らかにされている。この時代にはまた絵画の領域でも,さまぎまな美術の技法的特性をも写し取ることを通じ,描写の幅広い可能性を誇示することによって,自らを支配的な美術として位置づけようと試みる作例が現われた。末期ゴシックの祭壇では,通常祭壇厨子の中央部に彫像が安置され,祭壇画はその周縁部に用いられるに過ぎなかった。それに対してファン・エイクの祭壇画などには中央部に祭壇画を位置づけ,翼扉外側に無彩色の石彫が描かれている。こうしたグリザイユ画の場合にはさらに,ロヒール・ファン・デル・ウエイデンの作品に見られるように,彫像の破損しやすい部分を補強する支え-535-

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