き花押は元信のそれとは明らかに異なっており,今後,この点についての探究が必要となろう。未紹介の作品の中では,元信印を捺す金地着色の「金山寺図扇面」が注目される。図は金山寺の全容を大和絵と漢画を折衷したような硬軟織り混ぜた手法によってきわめて細やかに描出したもので,数ある元信様扇面画の中でも屈指の作といってよい。図中には有名な五山僧・景徐周麟の賛も施されており,彼の没年(永正十五年ー五一八)から,本図が元信工房におけるかなり早い時期の制作になることが明らかとなる点はとくに重要である。加えて,元信印を捺す「山水図」(二幅)はもと天袋か地袋の小襖を改装したもので,繊細な筆遣いをもって,広々とした水辺の景観を巧みに描写した佳品である。図様は夏珪筆の山水図巻に依拠したものと思われ,元信ー派の夏珪画受容の在り様を物語る作品としても注目される。この他,巨大な松を近景に配した大幅の「山水図」や屏風の二扇分を掛幅とした行体の「山水図」(二幅)なども元信画研究上,無視しえない作品として挙げておきたい。次に元信周辺の有力画家,とくに狩野家の作品についてだが,まず第一に取り上げるべきは元信の弟・之信の作とされる「輌隠」「口信」印を捺す「僻香猫図屏風」(六曲一隻)である。この作品はサントリー美術館所蔵の「靡香猫図屏風」の右隻分に相当するもので,猫の毛描きは細線で,岩や樹木は強靭な筆線によって的確にあらわされている。元信様による着色花烏画の優品のひとつに数えられるものといえよう。また同館には無印ながら同じ之信作と伝える「松に鴛喬図屏風」(六曲一隻)も所蔵されているが,こちらの方はその岩法にかなり形式化の跡が認められる。狩野家の作品という点では,元信の三男・松栄の手になる楷体の「花鳥図屏風」(六曲一隻)も見逃せない。岩や樹木には松栄の特徴がはっきりと示されているが,他方,松栄画にままみうけられるいくぶん弛緩したような構図感覚の“甘さ”はなく,むしろ元信風の厳格な構図法を志向していることがわかる。その点からすると,あるいは本図は松栄の比較的若い頃に制作されたものであるのかもしれない。また同館には,同じ松栄の作として小品ながら実に愛らしい雰囲気をもつ「花鳥図」も蔵されている。なお,現状で断言するのは控えたいが,元信の長男・祐雪宗信作の可能性をもつ宗信印の「布袋図」が存することも付け加えておきたい。この宗信印は祐雪筆として『日本画大成』に収載された「渡唐天神図」に捺されたものと同印であって,両図の画風もまた,明らかに初期狩野派のそれを示すものである。-545-
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