井浮世絵美術館久保田一弘氏),「北斎と広重の花烏版画の比較」(学習院大学小林忠教授),「北斎の晩年」(東京美術研究所・瀬木慎一氏)のなどなど,北斎の肉筆画・版画が,画題,表現技法,落款,保存,蒐集など各分野から極めて多角的に検討され議論された。なかでも謎の多い北斎工房・北斎派の作品の鑑識については,松平進氏(甲南女子大教授),マッティ・フォーレル氏(ライデン国立民俗博物館),ティモシー・クラーク氏(大英博物館),などによる検討が集中した。私の発表「奇想の世界ヘー北斎晩年の作品」は,フェノロサの北斎評を手掛かりに,自然から乖離し未知の幻想世界に移行するマニエリストとしての北斎,現実世界の驚くべき観察と再現に長けたリアリストとしての北斎,という北斎芸術の矛盾を卒んだ両面性を指摘し,とくに,自然からの逸脱がかれの晩年の作品にあらわになっていることを作品の分析により示したもので,かれの版画組物「諸国滝廻り」に描かれた滝を実景探訪によって得られた写真と対比させ,両者の違いを一目瞭然とさせた点に特色がある。のべ20人の報告とそれにもとづく議論の過程で,興味ある作品が紹介され,北斎の多面的な制作活動とその強烈な個性,画家としての卓越した才能が,あるいは実証的な角度から,あるいは江戸文化史の文脈から,あるいはニュー・アート・ヒストリーの新しい観点から,さまざまに論じられた。それによって北斎の芸術の持つ国境や時代を越えた普遍性がますます鮮明に浮き上がって来たのは本会議の何よりの収穫である。多数の図版を載せた第1回会議の報告書ができあがり,立派な体裁で参加者に披露された。ベネチア大学の大勢の学生諸君が,この大会の準備と進行のために骨身惜しまず協力したことも特筆される。第1回会議に続く第2回会議の盛り上がりと成功に気をよくしたカルロ・カルザ教授は,3, 4年後に,北斎展をともなった,さらに大規模な北斎会議をベネチアで開くことを提案しておられる。実現を祈ってやまない。ヨーロッパからの東洋への扉口ともいうべき歴史的役割を果たしたベネチアは,こうした会議を開くのにまことにふさわしい場所だろう。--555-
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