ものとも考えられる。また,室町初期の玉垂宮縁起絵では伽藍を描く第二幅上部の四角い回廊のみが正面描写であり,画面中央の奇妙な形態の橋とともに稚拙な表現と言えよう。同じく室町初期の浦島明神縁起絵では,画面中央付近の僧侶が坐す堂宇とその左の塔が,やはり正面からの描写となっている。以上のように,社寺縁起絵においては正面描写が入り混じる作例が多く,建築物の描写角度についても不統ーなものが多数見受けられる。正面描写が用いられるのは,多くの場合本堂や塔といった仏教的色彩が濃い堂宇であるが,そのような堂宇が描かれることの少ない宮曼荼羅の統一的な画面構成とは,大きな相違を見せている。次に,参詣曼荼羅のもう一つの源流と目されている古絵図についても,簡単に検討を加えておくが,この場合も,大きく二種の分類が可能である。一つは園城寺絵図や大山祗神社絵図,大三輪神社絵図といった作例で,建築物か斜側面からの描写に統一されて,全体がまとまった景観として描かれるもの。他の一つは古絵図に特有な描法で,建築物の多くのは真正面から描かれるものの,それぞれが画面の天地に関係なく,東西南北の様々な向きに置かれるため,側面が下になったり天地が反転した建築物が混じる例で,これには祇園社絵図,称名寺結界絵図,明月院絵図など多数がある。こうした言わば実用に即した空間構成は古絵図の著しい特徴であるが,様々な描写角度が入り混じる点では参詣曼荼羅と共通するものの,その画面構成の原理は大きく異なっており,両者に直接のつなかりがあるようには思われない。しかし,古絵図の多くは描写に稚拙な感じが抱かせるものであり,建築物は塔も含めて真正面から描写される例が多く,その点では参詣曼荼羅につながる要素を認めることができる。参詣曼荼羅の表現の特徴の一つとして本堂や塔が正面から描かれることを度々指摘したが,宮曼荼羅の場合は,塔についてもほとんど例外無く斜側面からの描写であり,奥行きある表現となっている。こうした奥行きある塔の図様は,平安時代の聖徳太子絵伝や両部大経感得図等に先例があり,高野山水屏風や園城寺絵図などの正統的な画風を示す作品に受け継がれている。また,絵巻作品の場合は建築物の全景が描かれることが少なく,室内などの部分を斜側面から描く例がほとんどであるが,例えば円伊筆一遍上人絵伝や松崎天神縁起といった上手の作品には,斜側面描写の塔の全景を見いだすことが出来る。3.塔の描法-48-
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