鹿島美術研究 年報第12号別冊(1995)
89/588

⑦ 中世末期のフランス語版聖書写本挿絵の研究§ 1 本文,段落標題,挿絵のレイアウトとその機能stor)が著した聖書註解集成『スコラ史』HistoriaScholasticaに基づき,旧約・新約研究者:名古屋大学大学院文学研究科特別研究員駒田亜紀子フランスでは,13世紀に入ると,それまで主として聖職者が用いてきたラテン語の聖書に加え,俗語であるフランス語に翻訳あるいは翻案された聖書があいついで制作されるようになる。なかでも,1295■1297年頃,北フランス・アルトワ地方の聖職者,ギュイヤール・デ・ムーラン(Guyartdes Moulins)がラテン語の知識を持たない世俗の読者のために編纂したBiblehistoriale『歴史物語聖書』は,中世後期のフランス語翻訳・翻案版聖書を代表する重要な作品群である(注1)。現在,14世紀初頭から16世紀初頭にかけて制作された挿絵装飾入りの写本が80点余り知られているが,これらの挿絵に関する本格的な研究はこれまでほとんど行われていない。現在,筆者は『歴史物語聖書』の写本挿絵に関する総合的な調査研究を進めているが,本研究ではとくに,写本を構成する本文,段落標題,挿絵などの各要素間の有機的な連関や配置システム,すなわち写本のマテリアルな構造の分析を通じて,その挿絵サイクルの特質を考察する。『歴史物語聖書』Biblehistorialeは,1170年頃ペトルゥス・コメストル(PetrusCome-聖書各書から歴史叙述性に乏しい詩編,預言書,知恵の書書簡,黙示録などを大部分削除するとともに,聖書以外の典拠もしばしば参照することにより,『聖書』を一種の歴史物語として再構成したテキストである。古フランス語で書かれた本文は,『スコラ史』において註解の対象となる『聖書』中の“歴史叙述的”パッセージと,それに対する『スコラ史』の註解とを,交互に配することにより組み立てられ,引用された聖書本文の冒頭には,各パッセージの主題を簡潔に提示する一種の見出し文として,段落標題(Capitula)が添えられている。段落標題は,『スコラ史』において個々の註解の主題を明示するために構想されたものだが,『歴史物語聖書」ではこれらの段落標題が『歴史物語聖書」特有の挿絵配置システムと史伝サイクルの形成に極めて重要な役割を果たすことになる。現存する『歴史物語聖書』の写本はいずれもテキストに何らかの改変を伴っており,-79-

元のページ  ../index.html#89

このブックを見る