用•仏語訳を行っているということである。大多数の写本作品は,ギュイヤールが編纂した本来の『歴史物語聖書』に,13世紀中葉に成立した『十三世紀フランス語聖書』Biblefran~aise du XIIIe siecle(注2)等に由来するテキスト(歴代誌,詩編,知恵の書,預言書,書簡,黙示録など)を加えた増補版として制作されたものである。これらの増補テキストと『歴史物語聖書』固有のテキスト(創世記〜マカバイ記,調整福音書Har叩onieevangelique,使徒行伝)とが本質的に異なる点は,前者がラテン語ウルガータ版聖書の当該書からの全文仏訳であるのに対し,後者は『スコラ史』に基づく選択的編集,すなわち『スコラ史』において段落標題により明示された“歴史叙述的”主題にかかわるパッセージのみの引本来の『歴史物語聖書』を構成する各書の冒頭には,通常,テキストの開始を告げる朱書き標題(rubrique)に加え,『スコラ史』に依拠してギュイヤールがフランス語により編集した段落標題(Capitula)をあらかじめ提示するリスト,本文のコラムの幅一杯,ときには半ページ大のスペースを占める挿絵,そして大型の装飾イニシアルが置かれる。さらに,冒頭の一覧表によりあらかじめ提示された段落標題は,朱色あるいはブルーのインクにより文中の各段落の冒頭にもその都度改めて引用され,ページ上端の余白に書き込まれたランニング・タイトルとともに,本文を読み進めるための実用的な目印となる。これに対し,『十三世紀フランス語聖書」に由来する増補テキストは,冒頭・文中のいずれにも段落標題を全く伴わず,通常,各書の冒頭は朱書き標題と挿絵あるいは大型装飾イニシアルにより,下位分節は小型の装飾イニシアルのみにより,示されるにすぎない。一方,ステファン・ラングトンにより聖書各書の章・節への分節と通し番号によるリファレンスのシステムが確立する1230年頃までは,ウルガータ版聖書においても,各書の内容を簡潔に示すラテン語の段落標題をあらかじめ一覧表として各書の冒頭に提示するのが一般的であった。しかし,各書の冒頭にリストアップされたこれらの段落標題は本文中の実際の段落分節とは必ずしも一致せず,一致する場合にも,各標題が対応する段落の冒頭に改めて引用されるのはむしろ例外的だったようである。これらのウルガータ版聖書に見られる段落標題リストは,各書の内容を要約する役割を果たしながらも,本文の流れの中に目的のパッセージを見つけるためのリファレンスのシステムとしては実質的にはとんど機能していない(注3)。これに対し,『歴史物語聖書』の段落標題は,本文中に目的のパッセージを確実に見つけ出し,各段落の主題-80 -
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