各書の冒頭に描くことはあっても,修道院のレクターン・バイブルに見られるような豪華な扉絵は例外的な存在であった。比較的版型が大きく入念な挿絵装飾を伴う作例においても,例えば創世記の冒頭には,「天地創造」ないしはそれに準ずる主題を収めみを配するのが通例であった。フォーマットや仕様に相違があるものの,12■13世紀に制作されたこれらのウルガータ版聖書全般に共通する挿絵サイクルの配置システムの特色は,挿絵や物語イニシアルは,与えられた区画の内部に複数の場面を表す場合にも,原則として,各書の冒頭にのみ施されるということである。本論では,このような挿絵/物語イニシアルの配置システムを,扉絵形式(必ずしも全ページ大の“扉絵”とは限らないが)と呼ぶことにする。扉絵形式をとる挿絵のレイアウト(miseen image)は,本文の主題をピックアップして要約する段落標題を各書の冒頭にのみ掲げるテキストのレイアウト(miseゃ,1250■1254年頃,聖王ルイ九世の十字軍遠征中にパレスティナで制作された『アークルの聖書』など,同時代のフランス語翻訳・翻案版聖書にも共通して認められる。ことに,ウルガータ版聖書の初のフランス語完訳版である『十三世紀フランス語聖書』は,各書の冒頭の扉絵が小型の挿絵や物語イニシアルに限定されるなど,レイアウトの点でも,同時代のウルガータ版聖書と密接な関係を有している。以上の観察に基づき,『歴史物語聖書』とこれ以外のラテン語あるいはフランス語聖書との間に認められる,挿絵サイクルの配置システムの本質的な相違を,以下のように要約することができよう。すなわち,通常の聖書では,単一あるいは複数の場面を含む挿絵や物語イニシアルを各書の冒頭にのみ配置する,扉絵形式が一般的である。テキストの冒頭に掲げられた扉絵は,ウルガータ版聖書における段落標題リスト同様,以下に続く本文の主題をあらかじめ提示する機能を担う。これに対し,『歴史物語聖書』では,各段落の主題を要約する段落標題とともに個々の挿絵を対応する段落の冒頭に挿入する,段落標題形式を採用する。読者は,物語の展開に従い,その都度段落標題と挿絵を参照しながら,本文を読み進めることができる。た7個のメダイヨンを縦長の区画の中に上下一列に並べた“I”字物語イニシアルのen texte)に,まさしく並行する現象と言えよう。12■13世紀に制作されたウルガータ版聖書を特徴付ける扉絵形式の挿絵配置システムは,13世紀中葉に成立した『十三世紀フランス語聖書』Biblefran(:aise du Xllle si溶cle-83 --
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