約六書』あるいは古高ドイツ語による『ミルシュタット創世記』,また14世紀以降の作例では,『スコラ史』に基づき編纂されたフランス語,ドイツ語あるいはオランダ語版『歴史物語聖書』など,俗語による翻案版聖書やパラフレーズである。ラテン語の知識を持たない世俗の一般信徒に聖書本文の史伝的な叙述展開を簡明に伝えることを主旨として編纂されたこれらのテキストにおいては,物語の展開に従い対応する章句に近接して挿入された段落標題や挿絵か,本文を読み進める際の効果的な指針となったであろうことは,容易に推察される。また,俗語による翻案版聖書に比べ挿絵や物語イニシアルを施された写本作品ははるかに少ないが,ペトルウス・ロンバルドゥスのSententiarumLibri,ニコラ・ドゥ・リラのPostillae,そしてペトルゥス・コメストルの『スコラ史』など,12世紀後半以降執箪されたスコラ学の代表的な権威による聖書註解書にも,ときおり“columnpicture" ないしは段落標題形式による聖書史伝の挿絵サイクルが導入されている。ウルガータ版聖書においては,各書の冒頭に一覧表として掲げられた段落標題は,本文中に目的のパッセージを見つけるためのリファレンスのシステムとしては実質的にはとんど機能していない(機能する必要が無い)のに対し,『スコラ史』を始めとするこれらの聖書註解テキストにおいては,個々の註解の主題をその都度明示する必要から,各書の下位分節(段落)ごとに段落標題を導入しているのは,むしろ必然的な帰結と言えよう。これらの聖書註解書においては,挿絵や物語イニシアルもまた,段落標題同様の役割を果たしたと考えられる。西欧中世の聖書ないしはこれに準ずるテキストに関して言えば,リファレンスのシステムとしてより効果的な“columnpicture"や段落標題形式は,本来の聖書よりはむしろ,聖書註解書や俗語による翻案版聖書などに特徴的な挿絵配置システムなのである。西欧では,“columnpicture"形式の挿絵配置システムが『エルフリック旧約六書』など俗語による翻案版聖書にかなり早くから導入されていたのに対し,画中銘文ではなく本文の下位分節の見出し文として機能およびレイアウト(miseen texte)の両面において確立した厳密な意味での段落標題を伴う挿絵サイクルが,聖書註解書などに我れ始めるのは,12世紀末以降のことと考えられる。1295■1297年頃編纂された『歴史物語聖書』は,段落標題形式による挿絵サイクルを伴う俗語翻案版聖書の最初期の作例の一つに数えられよう。しかしながら,段落標題形式の挿絵配置システムを13世紀初頭以降フランス語写本-85-
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