注に本格的に導入・普及させたのは,『薔薇物語』や『世界年代記』など,俗語により執筆された世俗文学や年代記などを扱う写本である(注7)。ことに,13世紀後半,十字軍の遠征先において制作された一連の『世界年代記』は,創世記の記述にほぼ相当する冒頭の第一書に,『歴史物語聖書』の成立に先立ち,段落標題形式による創世記挿絵サイクルを導入した,現存する最初期の作品群である(注8)。これらの『世界年代記』では,伝統的な天地創造サイクルを8個のメダイヨンに収めた扉絵を冒頭に残すものの,カインとアベルのエピソード以降,挿絵サイクルは段落標題とともに各段落の冒頭に挿入されており,扉絵および段落標題形式の折衷的あるいは過渡的な段階を示していると言えよう。また,本来の段落標題形式とは異なるが,1260年代にパリで制作された『聖王ルイの詩篇集』の巻頭に位置する一連の全ページ大扉絵による旧約史伝サイクルには,各挿絵の主題を簡潔に叙述した,制作当初のものと見られるフランス語の銘文が添えられている。これらの銘文は,直接の典拠となる本文を伴わない詩篇集冒頭の挿絵サイクルにおいて,一種の段落標題としての機能を果たしていたと考えられる。以上の考察より,『歴史物語聖書』特有の挿絵配置システムの特質を,次のように要約することができよう。『歴史物語聖書」を特徴付ける段落標題形式の挿絵配置システムは,長い伝統を持つ西洋中世の様々な聖書あるいはこれに類するテキストの中でも,俗語による翻案版聖書に比較的早くから認められる“columnpicture"や,12世紀後半以降編纂された聖書註解書に見られるリファレンスのシステムと,密接な関係を有するものである。他方,13世紀初頭以降急速に市場を拡大することになる『世界年代記』などのフランス語版世俗写本は,機能およびレイアウトの両面において聖書の挿絵配置システムとしてはむしろ例外的な段落標題形式の,『歴史物語聖書』への導入に,少なからぬ影響を及ぼしたと考えられる。以上の基本となる二つの視座は,大学教本として執筆された『スコラ史』というアカデミックな専門性の高い聖書註解書をモデルとしなから,世俗の一般信徒に聖書本文の史伝的な叙述展開を簡明に伝えるために編纂された,『歴史物語聖書』という中世末期に最も普及した俗語翻案版聖書の特異な性格と同時代性を,如実に物語っていると言えよう。(1) 『歴史物語聖書』については,BERGER(S.) : La Bible fran(:aise au Mayen Age. -86-
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