鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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—板谷波山の作陶を中心に一一⑨ 近代陶芸における西洋陶磁の影響研究者:財団法人出光美術館学芸員荒川正明【はじめに】これまでの日本の近代陶芸史では,板谷波山を「近代陶芸の祖」として漠然と捉えてきたように思われる。それは波山が東京美術学校出身者として初めて陶芸の世界に入った点を重視し,それまでの地方の窯元を主体とした職人的な内容の作陶を,近代芸術へと昇華したとして評価されてきたからであった。しかしながら板谷波山の仕事を美術史的に再検討してみると,実はきわめて重要な問題が浮かび上がってくる。つまり彼の作陶内容は,「日本の近代陶芸が西洋からどのような影響を受け,そしてそれをどのように受けとめたのか」という点を考える上で,最も適した素材であると考えられるからである。今回十九世紀末を中心とするヨーロッパ(特にフランスのセーブル窯,デンマークのロイヤル・コペンハーゲン窯)とアメリカ(シンシナティのロックウッド窯)の陶磁を実地に調査することによって,波山をはじめとする明治後期の作陶家たちが憧れた西洋の陶磁スタイルを,ほぼ確認することができた。つまり日本の近代絵画が西洋の印象派に大きな影響を受けたように,実は日本の陶芸も十九世紀末の西洋陶芸と出会うことによって,特に装飾技法において大きな改革がなされていたという結論を持つに至ったのである。【板谷波山の憧れた西洋陶磁】日本の陶芸史において,はじめて近代的な芸術性を打ち出した陶芸家と言われる板谷波山は,研ぎ澄まされた様式美をもつ東洋陶磁の伝統を踏まえ,そこに西洋陶磁の優美な装飾性を本格的に融合させた先駆的な陶芸家と言うことができる。その波山は,はたしてどのような西洋陶磁に憧れ,そしてどのような部分を日本陶磁に融合させようとしたのであろうか。まずは,これまでも多くの方々が注目しているように,波山はデザインの面において,十九世紀末にフランスを中心にしてヨーロッパ中で大流行したアール・ヌーヴォ一様式に非常な関心を示している。彼の初期のデッサン集である「器物図集巻2」-122-

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