鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑩ ビザンティン皇帝アンドロニコスニ世のレクショナリー研究者:女子美術短期大学専任講師益田朋幸筆者はここ数年来継続している,ビザンティン時代のギリシア語レクショナリー写本の系統的な調査(注1)の過程で,大英図書館において,ビザンティン皇帝アンドロニコスニ世(在位1282-1328年)が制作させたレクショナリーを「発見」した。本稿では,写本の記述を行った上で,挿絵の復元,図像学上の分析を試み,もって当レクショナリーが,パレオロゴス朝の皇帝によって注文された重要な写本であることを明らかにしたい。しかし一般公開を旨とする大英図書館において,写本を「発見」するとは,いささか奇異に響くかも知れない。まずその点を説明しよう。写本にはCod.Add. 37006の番号が与えられている。29.5X23センチの羊皮紙,全295葉。ヨハネ開始(f.2r),マタイ開始(f.46r),ルカ開始(f.106v),マルコ開始(f.195v),固定日課9月1日開始(f.237 スを有する点においては,それほど珍しくはないレクショナリー写本である。問題となるのは,Foliolvの全頁大巻頭挿絵である(注2)。羊皮紙下端は若干切取られているが,赤枠の中,金地の上に,特異な挿絵が描かれている〔図1〕。黒く大きな十字架が中央に位置を占める。下部には灰色の丘状モティーフと,頭蓋骨が描かれているところから,これがゴルゴタの丘であることがわかる。向かって右,十字架の横腕の下には,頭を垂れたイエスが立つ。十字架付きのニンブスを持つイエスは,青い衣をまとい,両手を揃えて前に出している。捕縛されている仕種であるが,縄の有無は判然としない。頭上,十字架の横腕にはICXC(イエス・キリスト)の文字が記される。十字架横腕の上方,左右には数行の銘文が記されているが,いずれも剥落して読みとりにくい。以上が,一見したところでは挿絵の全てである。大英図書館のカタログの簡潔な記述,’'oneillumination, much rubbed, representing Christ standing under the 今日までこの写本は特に注目もされず,やや変わった巻頭挿絵を持つ十二世紀のレクr)'受難のためのエヴァンゲリア(f.269v)に,それぞれ小規模な多彩色のヘッドピーCross"も,上述と一致する(注3)。カタログに拠れば,写本の年代は十二世紀後期。-132-1

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