鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑪ 国立歴史民俗博物館蔵洛中洛外図屏風の考察〜先行版本挿絵との関係〜研究者:たばこと塩の博物館学芸員岩崎均史平成三年(1991)一月に著者は,国立歴史民俗博物館で開催されていた新収蔵資料展「近世風俗の諸相」(平成3年1月8日〜2月17日)を拝見する機会を得た。会場には,洛中洛外図を含む三〜四点の屏風類が展示されていた他,絵巻や画帳,染色資料,輸出漆器類など,バラエティーに富んだ内容であった。導入部には屏風類が並べられ,直ちに洛中洛外図屏風に興味を抱き,その前で足を止めてしまった。一見して時代が下るもので,おそらく洛中洛外図としては,終末期のものという感じが伝わった。そして,個々の場面描写の構図に初見ではない,どこかで見たことがあるという,いささか曖昧ながら,そう思わせる描写が数箇所あったのである。例えば,「伏見稲荷」で描かれてある釜を焚いて行う盟神探湯のような神事の様子〔図2-1〕や,産寧坂を行く女性〔図3-1〕など,他の洛中洛外図ではあまり描かれないモチーフであった。勿論,著者は,この屏風を見たのは初めての機会であり,屏風そのものが記憶に残っていたものではない。著者は,自分の職場であるたばこと塩の博物館において,過去数年間にわたり,館蔵の三百点の江戸期の版本を調査整理し,挿絵全図を図版とする図録の制作を行った。その刊行から半年ほど後に当該の屏風との蓮返となったのだが,先の版本調査の記憶と結びつき,どうやら自分の頭の中にあるのは,版本『京童』の挿絵ではなかろうか,と思えるに至りそのつもりで見ると,さらに記憶にある構図が散見されるのであった。当日は,歴博の担当者から片隻ずつのキャビネ判の写真を頂き,持ち帰り早速,版本挿絵との照合を行った。細部にまでの照合は,頂いた写真の大きさでは限界があったか,四十図以上の合致を見たのである。そこで,その結果を歴博に報告したところ,片隻ずつの六ッ切判の紙焼の送付を頂き,より照合が進んだ。さらに御好意により屏風の熟覧の機会を得て,検討素材が充実し,まとめたものが本稿である。国立歴史民俗博物館所蔵「洛中洛外図屏風」の概要当該の国立歴史民俗博物館所蔵「洛中洛外図屏風」の呼称について,同博物館は複数の「洛中洛外図屏風」を所蔵しており,それらとの混同を避けるため,館内で使用されている「E本」を用いさらに,著者は部外者であることから国立歴史民俗博物館-141-

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