鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑮ 戦国期武将肖像画を中心とする俗人肖像画の基礎的研究研究者:城市真理子1.はじめに戦国時代には地方の武士達の台頭に伴い,数多くの武将の肖像画が制作され,現在も相当数各地に伝来している。もっとも,その数のおびただしさ,作者の明らかなものがわずかであること,ある種パターン化された,形式的でややもすると没個性的なものも多いことなどが災いし,女性や童子の肖像画,騎馬武者像などの一部をのぞいて,この時期の俗人肖像画群,とりわけ武将肖像画について美術史的な考察は余り活発になされてこなかった。しかし,十六世紀を中心に十五世紀から十七世紀初頭にかけての武将肖像画を中心に俗人肖像画を数多く調査した結果,作品個々の個別的な特徴とのみいいきれない,複数の作品にまたがって共通する図様上・技法上の要素がいくつかあるように思われた。それは個別に言及されることの多かった肖像画を,なんらかの方向性にしたがって認識し,分類する手掛りになるかもしれない。ここでは,若年で亡くなった武将の肖像画にみられる特色,等伯風肖像画群について気付いたこと,武将肖像画の様式史と服飾史との関連とに分けて報告したい。2.夭折した武将の肖像画京都府指定文化財「松井与八郎像J(久美浜宝泉寺)は,一見して通常の武将像とは異なる点が看取される(図1〕。肌色は淡く,楕円形のなめらかな顔の輪郭は女性的である。衣裳も華やかで,肩衣袴姿の衣裳の内着の小袖は辻が花風の花模様を,淡緑色・白色・黄土色・淡黄色と明るい色彩を用いて表わし,模様の輪郭を取る細墨線は非常に繊細である。肩衣袴は上品な海老茶の地に白色で松葉の模様を表わし,腰明は海老茶の上に白色を塗り,青色で縞模様にし,胸には松井氏の三笹紋が描かれている。通常の直垂等を着た武将像はいかつい顔にいかめしい表情を浮かべ,模様の少なく単調な色合で地味な服装のものが多い。与八郎像は,これとは対照的に若く美しい女性の様な顔で色数を多く使い華やかで緻密な花模様の服装となっている。「細川蓮丸像」(京都聴松院)とは,小袖の花模様など,制作者に関わる部分での共通点さえあるが,この与八郎像の特徴は,婦人や童子の肖像画にしばしば見られる-198-

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