や小鼻の脇から口の端へとのびる法令線などは渇筆の細線を何度か細かく重ねて,線ならざる線により顔面の凹凸を作り出している。また,目尻の線や額のしわも同様であり,顔の輪郭は豊かな髭の線と混交して分かりにくいが,やはり渇筆線を何重にも引き重ねて形を取っているようである。図版では明言できないが,目を描く線も流暢にスッと線を引くのではなく,何回かに断続する渇筆の線の端を交差させながら慎重に形を捕まえているようである。口も,髭の下から覗いているという状態を示すためもあって,やはり完全に整った描線ではなくて,途切れ途切れの線が微妙につながりながら形をつくっていると言えるようである。このように,この「楊竹西像」の顔貌表現においても,ほぼその全面にわたって,スケッチ風とも言える,未整理で不安定な描線の集合体を基本に顔の各部分が描き出されていることが分かる。出来上がった作品のリアリティーの完成度は異なるけれども,スケッチ風の描法の中に肖似性を捕まえようとする技法と製作態度は,先に見た日本の似絵の表現と共通した傾向を見せていると言えないだろうか。ついでに言えば,「楊竹西像」の衣紋の表現を見ると,細い淡墨線でおよそのあたりをつけた上から,太めのゆったりとした墨線で描き起こしており,このような描写も「随身庭騎絵巻」の内のより初発的なスケッチ性が強いと考えられる宝治元年の院の随身,例えば秦久則,秦兼利,秦兼防のものに共通する。王繹の『写像秘訣』の冒頭には次のように記される。凡写像須通暁相法。蓋人之面貌部位。与夫五岳四漬。各各不倖。自有相対照処。而四時気色亦異。彼方叫鳴談話之間。本真性情発見。我則静而求之。貼識干心。閉目如在目前。放筆如在筆底。然後以淡墨覇定。逐旋積起。先蘭台庭尉。次鼻準。鼻準既成。以之為主。若山根高。取印堂一筆下来。如低。取眼堂辺一筆下来。或不高不低。在乎八九分中。則側辺一筆下来。次人中。次口。次眼堂。次眼。次眉。次額。次頬。次髪際。次耳。次髪。次頭。次打画。打圏者。面部也。必宜如此。…(『画論叢刊』本)これは直接スケッチ風の描写法について語ったものではないが,「次」,「次」と顔の各部を連ねて行く語調には,王繹の顔貌の各部分を注意深く観察する視線とそれを細かく慎重に紙上に写し取って行こうとする手の動きが感じられ,先の「九朽一罷」的-232-
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